お店での経験価値を通して語るブランド戦略:3つのカフェの例


顧客が求めるものは商品品質だけか?

皆さんも、知り合いの経営者が「『良いものさえ作っていれば売れる』という時代が過ぎ去ったことはわかっているんですが、ではどうすれば良いか?それが分からないんですよねぇ」と言っているのを聞いたことがあるでしょう。

筆者自身の経験をお話しましょう。

酒飲み仲間と何ヶ月かに一回訪れて、ワイワイ楽しむ和食の美味しい店があります。ある時思い立って、ものすごく久しぶりに会った古い友人と2人で飲みに出かけました。

客は我々2人だけで非常に静かだったのですが、積もる話に花を咲かせ楽しく時が過ぎました。ところが、帰り際に奥で調理している店主に、「この人は古い友人でねぇ」と語りかけたところ、店主は困ったように「はぁっ」と答えるだけでした。

その途端興醒めしてしまい、なぜ客が2人だけだったのかわかるような気がしました。非常に美味しいお店なのに、私も少人数では行くまいと思ったのです。

馴染みの店で店主と楽しく会話したい、これも客が求めるものなのです。客は提供されるモノの品質だけではなく、そのお店での経験価値も求めているのです。

それなのに、この店主は「良いものを作れば売れる」という考えから抜け出せず、他の価値を提供しようとしていないのです。

このような経験価値をどうやって提供するかを、カフェの例で検討してみましょう。コーヒーは官能的な飲料なので、そもそも顧客は何らかの経験価値を求めてきているはずです。ですから、経験価値の研究材料としては興味深い対象です。

そして、カフェが提供する経験価値には、色々なバリエーションがあるのです。

スターバックス体験

ご存知のように、スターバックス登場以前のアメリカ人は、コーヒーは朝の活性剤あるいは昼食後の眠気覚ましであり、大して美味しくもない日用品としか認識していませんでした。ハワード・シュルツは、その認識を濃厚な風味のある最高の味わいの飲み物に変え、大成功したのです。

その認識変化を引き起こすために、スターバックスは何をしたのでしょうか?

最初に行ったことは、よく知られているように、コーヒー豆の品質をあげたことです。病気に強く育成が容易な代わりに苦味が強く渋みがあるロバスタ種から、栽培に手間がかかるが酸味が強く甘い香りがするアラビカ種に変え、その中でも最高の品質のものを厳選し、さらに焙煎にこだわったのです。

ここまでは通常の品質の話です。「良いものを提供する」だけでは、人々の認識を変えるまでにはいきません。

スターバックスは、人々が認識を変えるのは体験を通してであると考えました。顧客が1杯のコーヒーを飲むその体験を通して、顧客との関係を構築することに集中したのです。

そこで、お店で豆の品質がうまく伝わり顧客が楽しめるように、コーヒーの淹れ方やプレゼンテーションの方法などをバリスタに訓練しました。

スターバックスは、「スペシャルティ・コーヒー」という新しいカテゴリーを作り出し、大きな成功を得ました。しかし、そのためにはカテゴリー自体を知ってもらうところから始める必要があります。

スペシャルティ・コーヒーに反応する顧客が潜在的にある程度いるという仮説を立てることはできます。都会にある専門的なコーヒー・ショップの存在やイタリアに旅行したアメリカ人の反応を見ればわかるからです。

問題は、その人数をどうやって広げ顕在化させるかです。この鍵は味にあります。コーヒーを飲んでもらえさえすれば、違いは一瞬でわかるからです。

そのため、スターバックスは広告を打つことはせず、店舗でのテイスティング・サービスに頼ることにしました。そして、味に共感した顧客に、そのコーヒーがどのようにして作られているのか、コーヒーとは本来どのようなものであるかを啓蒙することにより、ファンを増やしその口コミを狙ったのです。

現在でも、スターバックスの新規顧客は、次のようなきっかけでスターバックスを知るようになっています。

  • 近所や職場近くにできたスターバックスのオープニング・イベント
  • 地域のイベントでのテイスティング・サービス
  • スターバックスのファンになった友人の口コミ

このため、スターバックスにとっては、新たな店の出店そのものが最大の広告となっているのです。

このようなサイクルが可能になるのは、スターバックスが顧客との関係を「企業」対「人間」ではなく「人間」対「人間」として確立しようし、そのための固定費を積極的に投資しているからです。

たとえば、店舗設計にも個人店であるかのような気配りをします。プエブロ文化のニューメキシコの店では壁に現地在住の画家の絵を飾り、ブルース発祥のシカゴでは店内をブルース基調にするなどです。(日本では、この傾向はさほど顕著ではありませんが。。。)

さらに、座り心地の良いソファと読書用のテーブルを用意し、コーヒーを飲みながら用事を片付けられる無線LANも整備しています。そして、サービスの向上のために従業員の数を増やし、従業員教育や福利厚生にお金をかけています。

このようにしてスターバックスは、コーヒーの品質を高めるだけでなく、バリスタとの楽しく知識が増える会話、居心地の良い店内を通して、コーヒーを楽しめる顧客経験価値を提供して成功しているのです。そして、このような作業の中から、世界中で親しまれるスターバックスというブランドが生まれたのです。

広告ではなく店や店員に費用をかけ、お店での経験を通してブランドを伝えることに成功しているのです。(もちろん、それらの固定費をしっかり回収できる価格設定にしています。)

こだわり食材の小さな店ベルク

新宿駅東口の人通りが多いのに見過ごされそうな場所に、コーヒーとビールが美味しいベルクというお店があります。

このお店の特徴は、店の外部や壁面に貼られた圧倒するような数のPOPです。そのどれもが食材へのこだわりをアピールしていて、もうそれだけで美味しそうな店だという印象を与えワクワクさせます。

ベルクは、現在の店長が親が経営していた純喫茶を受け継ぎ、色々と勉強した結果、セルフサービスで低価格高回転の店に変革しようとしたところから始まりました。新宿の一等地で人通りが多く、その分家賃が高い場所での、生き残り策でした。

そうはいっても、小さな個店で何の特長もなければ、大手に伍してやってはいけません。そこで、コーヒーとビールをメインにした「安くて、早くて、うまい」ファースト・フードを出す店にすることにしました。

あとは、個人店の強みで時間をかけて口コミで顧客が増えるのを待つことにしたのです。

特長を出すために最初に行ったのは、コーヒーに徹底的にこだわることでした。個店の強みで店主が決心すれば原価率を無視できるからこそできたことでした。

コーヒーマシンを選択中にたまたま試飲したコーヒーがおいしかったことから、その豆をブレンドした職人と知り合い、豆の選別と調合を依頼することになりました。

ソーセージについては、スタッフがお土産に持ってきた近所のお肉屋さんのパテが美味しかったので、お肉屋さんの商品を店で扱うことを了承してもらいました。その後1年かけて信頼関係を築き、その上でホットドック用のソーセージを作ってもらうことに成功しました。

そうしたら、そのソーセージがドイツのコンクールで金賞を取ってしまったのです。

パンについては、これもスタッフが街で見つけた天然酵母のパン屋さんと付き合いを始め、いろいろなパンを共同開発するようになりました。

さらにビールの三度注ぎやレタスは手でちぎるなどのことにより、美味しいメニューの提供に力を注ぎました。

このようにして食材の質が徐々に向上していったのですが、この過程に個店の強みが生かされています。

それは、店主が決断しさえすれば原価率を無視できること、良い食材を調達するのに気長に時間をかけられること、そして職人に思いを伝えて個人的な共感関係を築けることです。

さらに、このような関係構築のストーリーそのものが、お店の魅力を高めるもととなります。実際、ベルクには10年以上前から3人の職人の写真が掲げられています。

このことで、ベルクが品質が高く安心な食材の開発に真剣に取り組んでいることが伝わり、こだわり顧客が集まるという好循環が生まれるのです。品質が良いだけでなく、それが顧客に伝わるようになっていて初めて、ブランドが構築できるのです。

狭い店なのにメニューが200種類以上あり食のテーマパーク化しているのですが、そのこともPOPでうまく伝えられています。

このようなことを積み重ねているうちに、ベルクには多種多様な顧客が集まるようになりました。女性客が勤め帰りに1人でビールを飲んでいたり、定年後の老紳士が昔を懐かしんで通ってきたり、旅行ガイドか何かを見ていきたらしい年配の外国人夫婦がおぼつかなげにメニューを見ていたり、といったごった混ぜの雰囲気になっています。

こうなれば、お店を通りがかっただけで、POPや店内の様子を見て面白そうな店だとわかるようになります。お店そのものがブランドを発信するようになるのです。

個店は、店主のこだわりを追求しそれをお店を通して発信し続けることで、他所では味わえない顧客経験価値を生み出すことができます。ベルクのブランドはこのようにして出来上がっているのです。

懐かしく落ち着く珈琲店コメダ

最近コメダが元気ですね。投資ファンドが変わり、関東にもどんどん進出しています。我が家から少し離れたところにも1軒できたのですが、開店して半年くらいは駐車場はいつも満杯でした。

コメダのコンセプトは、「くつろぐ、いちばんいいところ」です、ロードサイドに昔ながらの喫茶店を展開しています。

スターバックスやベルクとは異なり、くつろいでもらうためにフルサービスを提供しています。お店に入るとすぐに、店員がおしぼりとお水を持ってきます。

スターバックスのように気取っていなくてお値打ち感があるので、高校生から年配客まで幅広い層の顧客を集めています。ロードサイドなので普段着で行けるところも、くつろげる理由となっています。

コメダの売りは、名古屋風のお値打ち感とくつろいで長時間遠慮滞在できることの2点です。

お値打ち感は、無料のモーニングやサンドイッチのボリューム感で明らかです。さらに、パフェはかさ高の容器にフルーツやアイスがたっぷり入っており、ジャーマン・ソーセージなどのスナックに添えられるキャベツも野菜が値上がりしている時でも大盛りのまま、など枚挙に暇がありません。

それだけでなく、品質にもこだわっています。フランチャイズ・オペレーションなのですが、どの店でも均一の味のコーヒーが飲めるようにと、本部で丁寧に抽出したものを冷蔵して配送しています。こだわり珈琲店ほどのレベルではないにしても、この方が美味しいコーヒーが飲めるという考えです。

また、パンもフランスパンの工場を買収した自社工場で焼き上げています。

長時間滞在に関しては、山小屋風の落ち着きのある店内で、座り心地の良いソファが置かれています。間仕切りがあるので、周囲の眼を気にすることなくゆったりとした時間が過ごせます。

さらに、店員が常連客を覚えておいて、「いつものやつ」と言うだけで注文の品を持ってきてくれます。きわめつけは、名古屋であれば中日スポーツ、大阪であればデイリー・スポーツなどのように、地元客の好みの新聞や雑誌を何部も置いていて、「ゆっくり過ごしてください」と言うメッセージを送っていることです。

また、駐車場も広く取っていて、切り返しなどが不要で気楽に出入りできるように工夫しています。

このように、食べ物、店員の応対、店舗設計など、店内で見聞きできるものすべてを使って、「くつろぐ、いいところ」というブランドを発信しているのです。

以上をまとめると、3ケースとも次の図に示すように、コンセプトを明確にした上で、提供食材のこだわり品質を確保し、それを店内コミュニケーションや店舗設計を通して顧客にうまく伝達していることがわかります。まさに、「お店での経験価値がブランドを語っている」のです。

カフェの経験価値

まとめ

  • マーケットが成熟し「良いものが作れば売れる」と言う時代が終わったことは認識していてもどう対応すれば良いかがわからない、と嘆いている経営者が多い。コンサルタントは、このような経営者に先進事例を教え、アイデアが湧くようにガイドすべきである
  • 成熟社会では、顧客はモノの品質だけでなく、モノを消費する際の経験価値をも求めるようになってきている。競争に勝つためには、この経験価値をうまく使ったブランド発信戦略が重要になってきている
  • 外食産業のような業界ではモノの消費場所が自社店舗である。このような業界では、店舗を通したブランド発信に注力すべきである
  • コーヒーはそもそも嗜好性が強い飲料なので、顧客がなんらかの官能的な価値を求めて来る場である可能性が高い。それゆえ、成功しているカフェは、経験価値を使ってブランド発信する方法を勉強する優れた教材となる
  • 成功しているカフェを分析すると、次の順で経験価値を通してブランドを発信していることがわかる。コンサルタントはこのブランド発信方法を習得しておくべきである
      1. ブランド・コンセプトを明確にする
      2. コンセプトに合わせて食材・食品の(見た目や作り方を含めた広義の)品質を高める
      3. 食材・食品の品質を発信する(店員と顧客との会話、POP、メニューそのもの、などを通して)
      4. コンサプトに合わせて店舗を設計し、顧客がそれに馴染み愛するようにする
      5. 以上を通してお店での経験そのものがブランドを語るようにする