エンパワーメント経営の幅を知っていれば、経営者を既存の常識の囚われから解放できる


なぜ、今エンパワーメントか?なぜ、それが難しいのか?

最近、エンパワーメントという言葉をよく聞きます。指示命令系統を強化するより従業員の自発的行動を促したほうが、企業の生産性が高まるという認識が高まってきたからのようです。

研究所、コンサルティングなどの個の力が重視される部門で上司の指示なしに働いてきた筆者からすれば、「なぜ今頃になって?」とも思うのですが、これには時代背景があると理解すべきでしょう。

消費者需要の旺盛な高度成長時代には、「いかに効率よくものを作り流通させるか」が解くべき課題でした。そこでは、全従業員が一致団結して整然と連携して働くことこそが、効率を上げる鍵でした。

作ればなんでも売れたので、中央が企画したモノやサービスを効率よく届けるための末端までの指揮命令系統が重視されたわけです。

しかし、時代は変わりました。消費者は余りあるモノや情報に食傷しつつあり、自らの内面的欲求をもとに、商品を選別していきます。コト消費の時代です。

こうなると、多様なニーズをいかに満足させるかが課題となります。同一の商品をもとにしても、消費者の満足の仕方は様々な形をとります。

同じ果物を買うのでも、ある人は健康のため、別の人は午後のリラクゼーションのため、といった具合です。そして、この目的を満たすためには他の商品を買っても良いのです。

こうなると、時間あたりいくらの給料をもらっているだけの従業員意識では対応できません。昔の八百屋の店主のように、顧客ニーズへのセンサーの働きが売り上げの大小につながるという意識が必要となります。また、自分の店で品切れを起こしているときは、近くの店で代替品を探してきて顧客関係を継続させるというような、臨機応変の意思決定も必要です。

同じことは、企業の内部プロセスの改善にも当てはまります。企業の成功の根幹は分業です。そのために組織を作り効率化します。

しかし、時代は変化します。その結果、多くの問題が時代に合わなくなった組織の狭間で発生します。

このことを一番理解しているのは、現場の従業員です。言われたことだけをやるのではなく、自発的にこれらの問題も解決できる従業員がいる組織が強いのは、理の当然なのです。

でも、このエンパワーメントが難しいのです。それはなぜでしょうか?

その最大の理由は、従業員は反倫理的・反社会的な問題でもない限り、組織の評価基準に従って動くというところにあります。組織が上意下達を求めているところで、自発性を発揮する従業員を期待するのには無理があります。

エンパワーメントが成功するか否かは、トップの姿勢次第なのです。このことを、理想的なリーダーの事例を通して分析してみましょう。

エンパワーメント経営者の理想像: ケン・アイバーソン

ニューコアは、アメリカ第2位の鉄鋼業者です。ケン・アイバーソンは、品質に劣るとされていたその新興電炉メーカーの社長に38歳で就任し、全米有数の高収益企業に育て上げた立役者です。

アイバーソンが他の経営者と際立って異なる点は、次の2点をぶれずに守り続けたことです。

  • 会社の長期的存続を目的とする。そのためには、ウォール・ストリートの意見は無視する
  • 長期的存続を、経営者と従業員の共通のゴールとし、利益を分け合ってそれを達成する

その結果達成されたことが、彼の著書「逆境を生き抜くリーダーシップ」に次のように書かれています。

  • 7,000人の従業員は業界最高額の給料を受け取っているが、鉄鋼生産高1トンあたりの人件費は業界で最も低い
  • フォーチュン500企業のひとつで、売上高は36億ドルを超えるが、本社勤務の総社員数はわずかに22人、CEOから現場の労働者までの地位は4段階しかない
  • 25年間に2人に1人が失業した斜陽産業にありながら、仕事の不足を理由にしたレイオフや施設の閉鎖は一切せず、連続30年以上にわたってどの営業四半期にも損失を出していない
  • などなど

すごい業績ですよね。さらにすごいのが、この業績が自律的な従業員を育てることで達成されたということです。

もともと電炉業界は、高炉とは違って初期投資が少なくてすみます。また、廃棄処分になった鉄骨を再生してあまり品質の高くない鉄鋼を作るビジネスですから、それぞれの土地での鉄骨の発生や需要特性を熟知する必要があるという、地産地消の流通加工業的な性格を持っています。つまり、分権経営に適した業界なのです。

そのこともあって、アイバーソンは「多様な市場に対応する企業や場所によって条件が著しく異なる企業は、分権経営を進めるべきである」と説いています。決して、何が何でも分権化が良いと言っているわけではありません。

アイバーソンのこの方針を受けて、ニューコアは従業員数百人単位の事業所ごとに分散経営を行っています。各事業所長は、本社から預かった総資産の25%の利益をあげることと、少数の経営指標(引き合い、受注量、生産量、受注残、在庫量、出荷量)に関する簡単な報告書を提出することだけが求められており、あとは全て自己責任で経営することが認められています。

さらに、階層別のヘルメットの色分けや、管理職用駐車スペースなどを撤廃し、社員が平等な扱いを受けるべきことを形で示しています。その上で、生産量に応じたボーナス支給という簡単明瞭な指標で、チームの協働を促しています。従業員がボーナスの支給基準に疑問を持った場合は、その算定のもととなったデータを余さず公開するという徹底ぶりです。

これらの結果、経営陣を信頼し意欲に燃えた従業員が、上に述べた全米一の高い生産性を達成しているのです。

エンパワーメントを成功させるリーダーシップとは

では、アイバーソンの経験から我々は何が学べるのでしょうか?

確かにアイバーソンは素晴らしいリーダーです。あまりにも素晴らしすぎて、そのリーダーシップは彼が生まれながらに備えている資質からくるように思えます。

でも、そう考えてしまうと、そこから何も学べません。エンパワーメントで成功するための何らかの秘訣があるという仮説を立て、それを検証するのでなければ学習できません。

その秘訣として書籍で述べられたエンパワーメントのフレームワークを採用し、それを事例に当てはめてその有用性を検証してみることにします。

実は、リーダーシップを解説した本は、本質的には似たようなことを述べています。そこで、エンパワーメント用に特化した、「1分間エンパワーメント」に沿って議論してみましょう。(誤解のないように注記ですが、この本の原題は「エンパワーメントには1分以上必要である」です。)

この本ではエンパワーメントを成功させる鍵は、次の3つがあると言っています。

  • 第1の鍵:すべての社員と情報を共有する
  • 第2の鍵:境界線を定め自律した働き方を促す
  • 第3の鍵:セルフマネジメント・チームを育てる

このことをニューコアの例で理解してみましょう。

ニューコアでは、従業員と経営情報を共有しています。

社員を平等に扱い、階層構造を打ち砕いた方が企業の生産性が高まると信じていても、信じていることそのものを従業員に信頼してもらえなければ、何も変わりません。そのためニューコアは経営情報を社員に公開しています。

その上で、本給よりも大きい生産高に応じたボーナスを払うことで利益を分かち合っています。信頼関係があり経営情報が公開されているので、従業員は生産高を高めるために積極的に協働します。

次の第2の鍵ですが、従業員の自律的な働きを期待すると言っても野放しにしたのでは、従業員はどう行動したら良いかわからなくなり戸惑います。どの範囲で、どの方向に向かって行動すれば良いのかのビジョンを示し、それをサポートする仕組みを考案する必要があります。

ニューコアは、長期的な存続を従業員と協働して目指すというビジョンを示し、従業員を信頼して自発的な行動を期待しているということを、勤務査定や職務記述を廃止することで伝えています。

こうして、情報公開で経営陣を信頼した従業員が前向きに行動することを促しているのです。

最後に第3の鍵で、事業所や現場に権限を委譲し、自由に行動することを許しています。全責任を事業所長に預け、生産量といった簡単かつ明確な指標を示すだけに止めています。

その結果、従業員は会社全体の生産高をあげ、自分たちのボーナスを増やすための意思決定を、自分たちで行うことになるのです。この目的のために自分たちの能力をフルに発揮させ、驚異的な生産性を発揮しているのです。

このようにして、ニューコアの成功理由を3つの鍵で説明できることがわかります。同じことが他の企業にも当てはめれば、3つの鍵をエンパワーメント経営の秘訣として利用できるので、そのことを確かめてみましょう。

その他のエンパワーメント経営事例

キリンビール高知支店

1995年当時、キリンビール高知支店は、全国最苦戦エリアと呼ばれていました。そこに左遷気味に支店長として送り込まれた田村潤氏(のちの副社長)が、6年後の2001年にアサヒビールからシェアを奪い返した経緯がキリンビール高知支店の奇跡という本に書かれています。

2001年は、キリンビール全体が2位に転落した年だったので、この成功は非常に注目されたのです。その成功の鍵が、小さな支店でのエンパワーメントです。

詳細はその本を見ていただくことにして、田村氏がやったことをまとめると次の4つになります。

  • ビジョンを示した:ビールは情報で飲まれている(シェアは誰がどこでどれだけ飲んでいるかという情報に左右される)ので、「どこにでもキリンビールがある」という状態を作り出す。そのためには、販売量は小さいが営業努力が反映されやすい料飲店(量販店ではなく)を攻める。これまで麒麟の常識とされてきた「量より質の営業」という考えを否定し、ひたすら量を追いかける営業をする
  • 価値観を示した:大企業キリンの欠点である支店が本社の顔色を伺うという態度を否定し、ビジョンを追いかけることを促した
  • 自律的行動を促した:本社が指導してくる細かなプロセス指標を追いかけると言い訳をしがちなので、ただ結果をコミットして行動するよう指示し、プロセスは任せた
  • 情報を共有した:男社会の営業の世界で内勤の女子社員も営業会議に入れ戦力化し、営業もやってもらった

これを見れば小さな支店でも、エンパワーメントの第1、第2、第3の鍵をうまく働かせられることがわかります。

セゾンファクトリー

セゾンファクトリーは、山形に本拠を置く食品販売製造業で、ジャム、ジュース、ドレッシングなどの高級瓶詰食品を作っています。何も実績のない田舎の中小企業として出発したにも関わらず、価格の高い商品をデパートで販売させてもらうことに成功している異色の企業です。

キリンビール高知支店と同様の枠組みで、この会社のエンパワーメント経営を説明すると、次のようになります。

  • ビジョンを示す:「食のスーパーブランドを目指す」という目標を明確に掲げている
  • 価値観を示す:山形という田舎の中小企業がスーパーブランドを目指すには、強い社員を育てるしかない。その思いから、決めたことを全員で全力で取り組む体育会系の社員を育てることにしている。そのために社内イベントなどにバカになって取り組むことを徹底して教育している
  • 自律的行動:店舗運営は店長に任せ、結果を問い仮説検証を促している。イベントの企画も若手社員を責任者に登用し、人を率いる訓練をしている
  • 情報共有:全員参加で経営計画発表会を行い、会社の進むべき方呼応、事業プランなどを共有している

体育会的経営という変わったやり方もエンパワーメント経営の一種であり、エンパワーメントには幅広いやり方があることがわかります。

名南製作所

名南製作所は、ベルトサンダーなどの合板製造機械を作る会社で、かつて「不思議な会社」として経営者の間で評判となっていた会社です。「社員第一主義」で全国のトヨタ販売会社の中で長年顧客満足度1位となったことで有名なネッツトヨタ南国の経営者横田氏がお手本としたことでも知られています。

名南製作所の社是は、F=ma というニュートン力学の公式だと聞くだけで、なんとも不思議な会社だということが分かるでしょう。これで1974年のオイルショック時に、従業員約80名で年商22億円(一人当たり売上2700万円)、経常利益8億円、社内留保15億円、借金ゼロ、株主配当3割から5割という好成績を挙げていました。

この高業績の原動力が次のエンパワーメント経営です。

  • ビジョン、価値観:F=maを社是とし、物理学の根本にかえって物事を理解して機械を作る。このため全員が月曜日の午前中を物理学研究会に当てる。(中卒の社員も含めてMITの教科書を使って勉強している。)人は自主的に生きがいを持って働くものであるという信念から、経営は社員の自主性に任せ、命令は一切しない。
  • 自律的行動:部課長制なしの小集団で会社を運営し、生産計画策定、納期調整、さらには人の異動などもすべて担当者同士の話し合いで決める。給与も相互評価で決める
  • 情報共有:経営ミーティングも出席自由。社員が自分に関係があるテーマが議論されていると思えば、自由に参加できる。

このような経営への転換時には脱落して退職していった人も多かったのですが、転換後は一人の採用に1年間かけることもあるやり方で、思想を共有する人の集団を構築しています。

人が自らの意思で行動すると途轍もない力を発揮するという、エンパワーメント経営の究極の姿がここに存在します。

エンパワーメントの比較

まとめ

  • 高度成長時代が終わり消費者ニーズが多様化してくると、階層的な上意下達の経営より、顧客ニーズを把握した現場の自主性を重んじるエンパワーメント経営の方が効果的となってくる
  • エンパワーメント経営を成功させた会社には共通点がある。それは経営者の優れたリーダーシップのもとに、社員との情報共有による信頼の獲得、ビジョンと価値観をベースにした自律的な働き方の促進、その価値観に基づく自主的な組織運営方式を実現していることである
  • エンパワーメント経営は、必ずしも並外れた創業者のもとでのみ実現可能となるものでななく、既存の大企業の中でも実現できる。キリンビール高知支店の例を見れば、組織の長が既存の常識の弊害を体を張って阻止すると、それまで閉塞していた社員が息を吹き返すことが分かる
  • また、名南製作所のように従来の管理の概念から全くかけ離れた自主的な組織が途轍もない生産性を発揮している例も存在し得る
  • このようにエンパワーメント経営の実現方法には非常に幅広いものがあるが、それらを成功させる秘訣は共通している。コンサルタントは、経営者にこのことを教え、彼らが囚われている既存の常識から解放する務めを果たすべきである