サービスの経済性:中小企業向け、無理なく質の高いサービスを提供する方法


すべての人に「おもてなし」をするのは無理

世の中は、サービス経済の時代です。製造業であっても、顧客に届ける付加価値のかなりの部分がサービスにより実現されています。

サービスの質が売上を左右することがわかってくると、ご多分に洩れず「サービス競争」が始まります。最初は顧客が喜んでいたサービスも、競合各社が追随して提供すると「当たり前」となり、さらに上のサービスを提供しようと凌ぎを削ることになります。

サービスの提供の多くは、人間的要素が絡みます。どこまでも人間的サービスの質を高めようとすると、担当者が疲れ果ててしまう、あるいはコストがかかりすぎてしまうなどのことで、事業そのものの継続が難しくなってしまいます。

とくに、資源に限りのある中小企業では、この問題は深刻です。「おもてなし」が大事と言われても、そのようなスキルを持つ人材はいませんし、養成するお金もありません。

この問題をどう解決すればよいでしょうか?解決のコツは、「常識に戻る」ことです。

ここで活用すべき常識は、「優先順位を付ける」ということです。より状況に即して言うと、「すべてのことを頑張るのには無理がある」、「顧客が気にしない事は手を抜く」です。

実は、この様な成功例はたくさんあります。たとえば、仕出し弁当大手の玉子屋を見てみましょう。

玉子屋の販売数量は1日6万食です。1食450円の日替わりでメニューは1種類、10食以上注文の会社に対応します。

メニューは1種類、10食以上という条件に応じる顧客以外には、サービスをしません。そのかわり、金額からの想定を上回る充実したメニューで、当日の午前10時までの注文を受け付けています。

メニュー1種類と言うのは、普通の弁当屋とは違います。メニューを絞れば、いろいろな物を食べたい顧客に敬遠されると思うのが普通です。

でも、玉子屋はそんなことは気にしません。「中には、メニューは1種類でも、内容が充実していて便利でありさえすれば、注文してくれる顧客はいるはずだ。そういう顧客だけにサービスしよう、」と腹を括っているのです。

メニューを1種類に絞れば、一品あたりの注文量が増え、大数の法則により注文量の予測精度が高くなります。その分廃棄が減り、値段も下げられますし、注文もぎりぎりまで受け付けることができます。それがまた注文量を増やすことにつながる、という好循環を生むのです。

このような割り切りをすると、過剰なサービス提供で疲弊することなく売上を延ばすことができます。割り切りのコツは、ハーバード・ビジネススクールが教える顧客をサービス戦略にある以下の点に留意することです。

  1. サービス内容:「すべてが最高」には無理がある
  2. コスト構造:誰かにコストを負担させる
  3. 従業員のマネジメント:従業員に余計な負担をかけない
  4. 顧客のマネジメント:顧客を教育する

資源に限りのある中小企業が、無理なく質の高いサービスを提供していくためには、ぜひ獲得しておくべき視点です。これらの詳細について検討してみましょう。

1については、すでに王子屋の例で説明したので、以下、2〜4について説明します。

サービスの経済性

誰かにコストを負担してもらう

質の高いサービスを提供するためには、それなりのコストがかかります。通常は、そのコストを顧客に払ってもらいます。

ところが、競争のためにだけサービス・レベルを上げていくと、顧客がだんだん反応しなくなり、どこかで売上増でコスト増を賄えないところに来ます。また、体力のない中小企業は、その手前で競争から脱落することも多いでしょう。

このような場合、コスト対効果比率の改善を考える必要が出てきます。コストをかけても反応しない顧客を取り除く、コストをかけずに同じ効果を引き出す、などのことです。

この具体的な方法に、以下のようなものもあります。

  • 手前のかかる顧客を避ける(他社にそのコストを払わせる)
  • 顧客に仕事をしてもらう

パソコンのダイレクト販売で名を馳せたデルが、前者の例です。

商品を売る時、企業は売り上げを最大化させようと、初心者には機能を落とした廉価版を、熟練者には高級版を売るのが普通です。ところが、デルはこの逆をやります。初心者用のパソコンの価格を他社より高めに設定するのです。

初心者はパソコンの使い方が分からないので、あれこれ質問します。この質問に答えるカスタマー・サポートの費用が、ダイレクト販売のデルにとってはバカにならないのです。そこで、デルは、初心者には売らないことに決め、機能の低いパソコンの価格を上げるのです。

一方、他社は量販店などのチャネル経由で売るためにこの費用が見えず、安く売ります。その結果、初心者は他社に流れ、量販店に大量の質問を浴びせます。結局的に、質問を捌く費用は、量販店の仕入れ価格の低減要求となってメーカーに跳ね返って来ます。

初心者を避けて浮かせたコストを熟練者へのサービス向上の原資として当てるので、デルは顧客満足度を高めることができるのです。

顧客に仕事をしてもらうテクニックの代表例は、セルフ・サービスです。スーパーマーケットのようにセルフ・サービスが常識になっている業界では、この工夫は差別化を産みませんが、それ以外の業界では有力な方法です。

その例が、スーパー・ホテルが先鞭を切った自動チェックインです。

20年くらい前に京都に出張して初めてスーパー・ホテルに泊まったとき、フロントにだれもいないので、一瞬びっくりしました。でも、チェックイン機が目に入り、すぐに納得しました。

名前を言って予約を確認してもらう必要が無いので、機械の方がチェックインが速いし、すぐに部屋のカード・キーが出てきます。チェックアウト時もフロントを素通りできるので、便利です。寝ることだけが目的の出張客には、却って顧客価値が向上しているのです。

このように、サービスにかけるコストの費用対効果を高める工夫はいくらでもあるので、経営者は頭を働かせるべきです。

従業員に余計な負担をかけない

世の中には、優れたサービスを売り物にしている企業が数多くあります。にもかかわらず、つまらないミスで顧客を怒らせ、評判を台なしにしている例も多いです。

単純な質問をしようとしてコールセンターに電話をかけ、怒り狂った経験を持つ人も多いでしょう。簡単な質問に答えられず、「調べます」と言ったきり、延々と待たせる。結論に納得がいかず、何故その結論にいたるのかの理由を聞くと、「答えられません」の一点張り、などのことが起こります。

それなら、最初からサービスの良さを標榜しない方が良いくらいです。どうしてこうなるのでしょうか?

経営者はこの原因を従業員のスキル不足ややる気のなさに求め、対処的な教育を施そうとしがちです。でも、それは間違いです。その対策が正しいのであれば、なぜ最初からその教育を施していないのかということになるからです。

サービスの提供では、人的要素が不可欠です。しかも、従業員には能力など様々なバラツキが有ります。そのバラツキを見越して管理するのは、サービス設計者の責任なのです。

期待外れのサービスを引き起こす原因は、従業員の側にあるのではなく、サービスを提供するシステムが「理想的すぎる従業員」を想定していることにあると理解すべきなのです。

従業員に対する想定を改める具体策としては、次のような門があります。

  • 従業員に要求する職務が難しすぎるのなら、それを設計し直す
  • 職務に不向きな従業員を採用しているのなら、採用手続きを見直す

前者の例としては、ブックオフがあります。ブックオフのビジネスは古本の販売です。

この業界は、流通しなくなった資料的価値の高い書籍の再販を目的としています。そのようなニーズを持つ特殊な顧客を集めるため、古書店は都心に集積しています。

このビジネスの成功の鍵は、買い取る本の価値の目利きにあります。この目利き力の養成には長い時間がかかるとされ、それが参入障壁となっていました。

その業界常識をひっくり返して成功したのが、ブックオフです。資料価値のある本ではなく普通に読み捨てられた本(マンガ、など)を、読み終えた人の近隣で再販することを目的として、住宅地などにチェーン展開したのです。

この時に問題となるのが、買取の判定基準および買取価格と売価の設定です。粗利と回転率が店の利益を極めるので、チェーン展開できるためには、この意味での目利きができる人材の確保が必須です。

ブックオフは、ここで発想の転換をしました。目利き力を棄て、機械的に買取ることにしたのです。

商品の見た目の綺麗さだけで価格を決めるのです。定価1000円のきれいな本を、100円で買い取って、500円で売るという具合です。

逆に、少本、絶版本など、スタッフが査定できないわかりにくい本は、「うちより神田の古本屋さんのほうが高く買い取ってもらえますよ」と言って、買取を断ります。

このようにして、ブックオフは仕入れ担当者の負担を減らし、スキルのない店員でも売り手と揉めることなく、サービス(買い取り)を実現できるようにしたのです。

そして、これを可能にしたのが、価値のある本は扱わない(「すべてが最高」にはしない)、難しい本は神田で買い取ってもらう(他社にコストを払ってもらう)という無理なく質の高いサービスを提供するビジネス・モデルの設計なのです。

ブックオフは、本の価値ではなく、きれいかどうかだけで価格を決める。それ以外のことは絶対にやらないのです。

採用手続に注意を払っている代表的な例が、ディズニーです。ディズニー7つの法則によると、ディズニーでは採用試験の初めに短いビデオを見せます。

基本的な採用条件などの説明が中心ですが、それを見ただけで応募者の何人かが帰って行くそうです。自分は、要求されている仕事の品質(だれにでも笑顔を見せる、など)を満たせないと思うからです。

採用後の研修も、長く厳しいものです。夢の国で働くキャストを育てるために必要なことですが、同時にその資質を持たない人を排除することも目的としています。

このような事前のプロセスがあれば、サービス提供の本番で従業員が会社の評判を落とすような行動をとる確率は格段に下がり、顧客満足度が向上する訳です。

サービス設計者は、理想的な従業員を想定するのではなく、普通の従業員でも優れたサービスを提供出来る方法を考え抜くべきなのです。

顧客を教育する

顧客も、従業員同様に、いやそれ以上にバラツキが大きい存在です。来店時間、要求するサービス内容、サービスを理解し協力する能力などが、人によって大きく変わり、それがサービスの生産性に影響を与えます。

質の高いサービスをそれなりのコストで提供しようとするならば、当然、顧客も管理対象として考えて良いはずです。ただし、顧客の気分を害さぬ様に工夫する必要はあります。

ここでは、来店時間とサービス内容について、上手く顧客を教育した例を見てみましょう。

前者の例は、QBハウスです。皆さんも近所の床屋さんで、想定以上に待たされてイライラした経験を持たれていることでしょう。

スピードが速い事が売り物のQBハウスで待たされたら、イライラ感は一層つのりますよね。かといって、予約を受け付けるのも、手間がかかりますし回転率も落ちてしまいます。

この問題を解決するために、QBハウスは待ち時間を店頭のランプで表示しています。顧客はこれを見て、待つか出直すかを決める訳です。

ランプ表示で、顧客に自分の都合に合った行動を選択するように促しています。顧客のサービスへの満足度を損なう事なく、顧客の教育に成功しているのです。

サービス内容そのものへの顧客の期待を変えさせて成功しているのが、「俺の」レストランです。これまで着席して食事するのが常識だった高級料理を、立ち食いで提供し、その代わりに破格の値段を提示する事で、顧客の期待感を一挙に変えてしまいました。

これも、顧客を教育して成功している例です。

提供するサービスに見合った以上のコストが発生する原因の多くが顧客側にあります。競争に生き残るためには、このようなコストをうまく顧客に負担させる方法を心得ておくことが必須なのです。

まとめ

  • サービス経済の時代になったことが認識され、サービス競争が加速しているが、中にはコスト倒れの現象も見られる。対価に見合った経済的なサービスを設計する方法を確立する必要がある
  • サービスの経済性を高める秘訣は常識を働かせることである。すなわち、優先順位を決め、無理なことはしない、誰かコストを負担してくれる人を見つける、ふつうの従業員でもサービスを実施できるように工夫する、顧客をこちらの都合に合わせさせる、などのようにすれば良い。具体的には、以下のようなことに気をつける
  • 顧客をセグメント化し、自社の強みや戦略(弁当は日替わり1種類、など)を認めてくれる顧客だけにサービスすると決める
  • 見返りのあるコストだけをかけるようにする。それ以外は、他社(手間のかかる顧客を追いやる)や顧客(セルフ・サービス)に負担してもらう
  • 理想的な従業員の存在を期待しない。ふつうの従業員でもできるように職務を設計したり、自社のサービスに合わない従業員を採用しないようにしたりする
  • 顧客をのわがままが割に合わないコスト発生の源泉であること理解し、顧客を管理する。たとえば、サービス時間の調整やマイナスのサービス(立ち食い、など)に喜んで協力する仕組みを作る