ビジネス・ホテルの高稼働率確保のための従業員満足度向上戦略


ビジネス・ホテルの成功の鍵はリピーターの確保

ビジネス・ホテル(宿泊特化型ホテル)が盛況ですね。でも、今から40年以上も前の筆者が就職したての頃の出張は大変でした。

当時、シンクタンク職員として出張が多かったのですが、駅前旅館を嫌って少しでもマシなホテルに泊まろうとすると、客先に近い場所にホテルはなく、朝の移動に時間がかかりました。宿泊料金も出張旅費内に収めることが難しい状況でした。

当時、関西への出張が多かったのですが、梅田の新阪急ホテルに泊まると宿泊料が1万円近くし、新入社員の財布には厳しかったと記憶しています。

その後研究職に転職した後、20年後にコンサルタント職に復帰した時には、世の中が様変わりしていました。物価がかなり上昇していたのに1泊5,000円くらいで宿泊できるようになっていました。(インバウンド需要が好調な最近は、事情が異なるようですが。)

宿泊特化型のいわゆるビジネネスホテルが普及していたのです。

ご承知のように、ビジネス客の宿泊目的に特化し、他のサービス(部屋の余分なスペース、レストランやバーなど)の提供を捨てたホテルです。顧客の「寝るだけ」という目的だけを果たし、その分価格を下げた一連のホテル・チェーンです。

ビジネス・ホテルが低価格でもやっていける最大の条件は、部屋の高稼働率です。客単価を下げたのですから、当然のことです。

では、高稼働率を維持するために必要なことは何でしょうか?それは、リピート客の獲得です。

出張するビジネス客にも20:80の法則が成立します。20%の頻繁に出張するビジネス客が宿泊需要の80%を占めているので、その人たちを囲い込む必要があるのです。

リピーターになる理由は、ちょっとしたホスピタリティの提供

では、さらに考えて、ビジネス客がリピーターになる理由は何でしょうか?

ここで、筆者の経験をご披露しましょう。

今から16年前、関西の大手メーカーのコンサルティングをしていた時に、同じホテルに年間150泊したことがありました。駅に隣接したホテルで客先に近く、大きな飲屋街もあるのが当初の選定理由でした。

毎週月曜日に関西へ出かけ、金曜日の夜遅くに帰京するということを繰り返していましたのですが、そこまで同じホテルに宿泊し続けるとは、夢にも考えていませんでした。いくつか気に入ったホテルを、その時の気分でとり替えるつもりでいたのです。

それが一変したのは、チェックアウト時のホテルのフロントの一言から始まった、以下の一連の会話でした。

フロント:「ご承知のように、来年の3月にユニバーサル・スタジオ・ジャパンがオープンして、ホテルの予約が困難になることが予想されます。お客様は毎週大阪にお出でのようですから、長期予約されてはいかがでしょうか?」

筆者:「私はコンサルタントですので、予定が変わることが多いのです。長期予約をすればキャンセルが多発しかねず、ご迷惑をおかけすることになると思います。」

フロント:「予定が変わられたら、その時にキャンセルしていただくので、一向に構いません。お客様の不自由が解決されるのなら、私どもはそれで満足です。」

ということで、長期予約しました。その後わかったのが、毎週月曜にチェックインするたびにあてがわれる部屋が、7階の4部屋のいずれかだということでした。線路とは反対側で高さも十分な静かな部屋を常連用に確保してあるようでした。

また、突発的な用事で遅くまで仕事をしていて、地元関西出身のコンサルタントが家に帰れなくことがよくありました。彼らが夜遅くホテルの予約ができない時に、私に部屋の確保を依頼してきましたが、その時もホテルはいつも応じてくれました。

ホテルは、常連客の不意の予約依頼のためにいくつか部屋を開けておくのが常ですが、私の依頼だとそれらの部屋を回してくれるというわけです。

このホテルでは、それ以外のサービスが特に優れていたわけではありません。でも、このような扱いをされると、価格などどうでもよくなります。その結果、150泊も同一ホテルでの宿泊を続けたというわけです。

旅慣れたビジネス客は、丁寧な接客など常識的なものを別とすれば、リッツ・カールトンなどの飛び抜けた接客を求めているわけではありません。リピート客になる理由は、私の場合のような「個々の事情」を理解してくれるということなのです。

よくサービスとホスピタリティの違いが議論され、頼まれたことをやるのがサービス、顧客がやってほしいことを察知してやるのがホスピタリティ、などの説明がされています。しかし、その差の根幹にあるのは、この「個々の事情」を理解しているか否かでしょう。

個々の事情を察知した価値提供が顧客のリピート化を生むのです。それこそが、「自分のことをわかってくれている」という顧客の信頼感を生むホスピタリティの根幹なのです。

そのホスピタリティがどうすれば生まれるかを、3つの成功しているビジネス・ホテルの例で検討してみましょう。

素質のある女性支配人への権限委譲で成功した東横イン

東横インは、電気設備会社の経営者だった創業者が、幼馴染の旅館経営者の友人の相談を受けたことから始まりました。

その友人は、消防法が厳しくなって建て替えが必要になった蒲田の旅館を貸しビルに変えようと考えていました。その立地をみた創業者が宿泊施設の方が良いと反対した経緯で、運営を引き受けることになったのです。

駅前旅館を鉄筋化し部屋数を増やし、旅館風のサービスを削れば、同じ立地で十分に収益が上がると計算したのです。でも、問題は本業の電気工事がある身で、誰に運営を任せるかでした。

そして、たまたま店を畳もうとしていた行きつけの飲み屋のママさんに任せたところ、客あしらいに慣れていたこともあって繁盛したのです。

一方で、問題発見もありました。

評判を聞きつけた人に頼まれて川崎に2号店出し、その時にママさんが文句を言っていた蒲田勤務の男性陣に運営を任せました。ところが、あっという間にホテルが薄汚くなり、サービスの質が悪いとクレームも頻発し、稼働率が下がってしまったのです。

川崎店の立て直しをそのママさんに依頼したところ、女性だけで運営するという条件を出されたので、それを飲みました。すると、みるみる立ち直ってしまいました。

それ以来、東横インは、女性の支配人に運営権を委譲し、その配下も女性のみで運営するという方針を貫くようになりました。(現在の支配人の女性比率97%)

これがうまくいっている理由は、2つあります。

1つ目は、接客サービスでは旅館の女将に見られるような女性目線での気配り(ワイシャツのボタンが取れていれば付けてあげる、等)が非常に有効だということです。何よりも、女性は綺麗好きで、男性とは圧倒的に差がつくとのことです。

これらの差が、顧客のリピート化に貢献しています。

もう一つさらに重要な点は、動機付けです。客あしらいにはある程度の人生経験が有効です。つまり、適しているのは中年女性です。

そして、世の中にはこのような経験持ちながら職に恵まれない女性が多数います。子育てが終わって働きたい主婦層です。

このような層の中の(負けず嫌いなど)能力がある人を慎重に選別し、最初から支配人として採用して権限を委譲したところ、その能力が爆発的に開花したのです。

東横インでは、女性支配人が運営する委員会主導で様々な改革が行われています。その代表事例がアダルト・ビデオの廃止です。アダルト・ビデオは非常に儲かるようっですが、この廃止で家族客が増えるなど、稼働率向上への貢献が実現しています。

このように、接客サービスでは満足度が高く動機付けられた従業員が一生懸命顧客に気配りをすることで、リピート率ひいては稼働率が向上していくのです。

東横インの成功要因は、接客サービスの能力がありながら就職機会がないという女性マーケットを見つけ、そこに思い切って権限移譲をしたという戦略的な決断にあるのです。

有能な女性支配人を雇用できる限り、東横インは横展開はを続けていくことが可能だというわけです。

躾とフィードバックで経営不振ホテルの従業員を再生させた川六

ホテル川六は、四国、九州で経営しているビジネス・ホテルです。その特徴は、経営の傾いたホテルの運営を引き受け、再生を実現していることです。

しかも、元の従業員をそのまま受け継ぎ、再生します。なぜこんなことができるのか、不思議ですよね?

そのやり方は、極めて単純です。「誰にでもできる当たり前のことを、誰にもできないレベルで徹底すれば、競合ホテルに負けることはない」というのです。

ここで、「誰にでもできること」として徹底させるのは、挨拶、掃除、電話です。これだけだと言われて狐につままれた感じになりますが、その背後にはきちんとした考えがあります。

まず、経営の傾いたホテルを引き受けた時には、すでに立て直したホテルの実績を示して、必ず良くなることを(なんとなくでも良いから)従業員に確信させます。

その上で、徹底的に掃除しホテルをピカピカにする、顧客には必ず立ち止まってきちんと挨拶(おじぎ)する、電話には笑顔で明るく元気よく応対する(名前がわかれば名前を呼んで応対する)、などのことを徹底して躾けます

ポイントは、これらの躾の成果は顧客の目にすぐ分かるということです。しかも、これらの躾がきちんとできているホテルは、立て直しを引き受けた地域にはそう多くはありません。

そうすると、顧客の印象が良くなり、それだけで稼働率が上がります。さらに、顧客が褒めてくれるので、従業員が自信を持つようになります。

このように従業員が前向きになったところで、顧客の声を収集し、改善活動を実施します。この改善活動は、顧客の情報収集数や改善提案数を給与に反映するほどの徹底ぶりですし、提案の採択も即決します。

このようなことを繰り返し、顧客のクレームも公開していると、従業員に改善の習慣が身につき、感度も磨かれます。その結果、大浴場に麦茶を置き、夏場にかき氷のサービスをするようになります。

さらに、顧客の姿が見えるとすぐにお声がけをして、要望を察するようになるというわけです。

この結果、川六は現在5軒800室のホテルを運営しており、その稼働率は85-90%(業界平均60%)となっています。また、楽天トラベル・アワードのシティ・ビジネス部門中国・四国エリアで金賞とダイヤモンド賞を何度も獲得しています。

川六のやり方が成功するか否かは、従業員の再生にかかっています。それまで経営不在のためにやる気を失っていた従業員が、新経営陣を信頼し素直に付いてくるかどうかにかかっているわけです。

従業員の本来の質も含めて他に何も問題がないのに、経営不在が理由でうまくいっていないホテルが多いようです。このようなホテルの従業員に基本を徹底させれば、顧客からのフィードバックで自信を持ち、仕事への満足度が高まり顧客に積極的に働きかけるようになります。

従業員の再生を通してリピート客を確保できるというわけです。

人が好きな従業員を大事にして顧客サービスを徹底するグリーンコア

ホテル・グリーンコアは、埼玉県と茨城県に4店舗を展開する地域のホテル・チェーンです。川六とは異なり、自社の新店舗を展開してきています。

グリーンコアは、東横インや川六のようにどちらかといえば当たり前のことにちょっとした気配りを付け加えてきたケースとは異なり、徹底的に顧客に尽くす一見非合理的な経営で伸びてきています。

グリーンコアの経営者は、自分たちの売りは「スタッフ力」だと言っています。

経営者が、ホテルのスタッフは人とのコミュニケーションが好きな人が集まってくるものだという信念を持っています。人好きなスタッフが、顧客が喜んでくださることを一生懸命考えて自分たちも喜んでいれば、長期的利益は後からついてくるという考えを実践しています。

その実践のために、顧客との関わりを積極的に増やし、サービスの提供機会を増やすことを考えています。たとえば、食事の下げ膳棚を作らずテーブルに出向く、フロントでほとんど儲けの出ない生ビールのジョッキ・サービスをする、などの接触機会を増やす工夫までしています。

そうして接触した目の前の顧客の要望を察知し、それを叶えることに集中します。

たとえば、次のような調子です。

  • 朝食で梨が美味しいとおっしゃっていた顧客に、チェックアウト時に梨を袋に入れてお渡しした
  • お預かりした洗濯物の中にボタンが取れている服があったので、付けて差し上げた
  • 顧客が車に積もった雪を下ろしていたので、一緒にお手伝いした
  • 寒い中、東武動物公園のイルミネーションを見に行く顧客にホッカイロを渡した
  • 「この辺にポストありますか」と聞かれたので、顧客の代わりにポストに投函した

このようなサービスは他のホテルでは見られないもので、それを受けた顧客は感激して、いっぺんにグリーンコアのファンになります。 一方で、これらは気づきこそ難しいものの、気づいてしまえば実行コストはそれほどかからないものばかりです。

グリーンコアでは、この気づきを可能にするために、現場はスタッフたちのものとして自由に行動させ利益目標なども持たせていません。じっくりと従業員を育てています。

経営者の考えに呼応したリーダー陣が、新しいスタッフに「なんでそんなことも気付けないの?」と促す形で人を育てています。そのために「オペレーションおもてなし」という記入表を設け、それを共有しているほどです。実際、上記の例は、その表に記入されていた内容です。

この結果、元から人好きの従業員の間で気づき合戦が起こり、楽しみながら人が育ちます。たとえば、離婚して故郷に帰らざるを得なくなったパート従業員でさえ、次のように発言しているくらいです。

“ここ以上に自由にやらせてもらえるホテルはないと思いますよ。パートという身分なのに、宿泊プランなどを考えて発言することができますし、それがいいものだとどんどん採用してもらえます。”

グリーンコアは、人とのコミュニケーションが好きな従業員を集め、その従業員に顧客の要望を察知することに集中させています。自分の好きなことを満足度高く行なっている従業員がいれば、極めて高いホスピタリティを実現する文化が構築できることを証明したのです。

ただし、この文化は経営者の信念に基づいたもので、従業員がその信念を信頼することが必要です。その意味で、経営者と従業員の距離が近い場合にのみ成立するケースだと言えましょう。

ホスピタリティ実現戦略

まとめ

  • ビジネス・ホテルが低料金でも成功するための条件は、高稼働率を維持できることである。そのために必要なことは、出張頻度の高い一部のビジネス客のリピートを獲得することである
  • ビジネス客が特定のホテルを継続的に利用するのは、そのホテルが自分の個別の事情を理解してくれ信頼できると思えるからである。自分をマスの客ではなく個客として扱ってくれるという意味でのホスピタリティが感じられた時である
  • 成功しているビジネス・ホテルは、いずれも従業員の満足度を高め感性を磨かせることで、ビジネス客の個の事情を察知することに勤めている。ただし、そのやり方はホテルの置かれている状況に応じ様々である
  • 東横インは、気配り能力に長けた中年女性を支配人に採用し、権限委譲することで成功している。やる気があるのに就業機会の少ないそれらの女性が動機付けられ、自らの裁量で気配りに邁進するからである
  • 川六は、地方のビジネス・ホテルの従業員を躾けることで成功している。能力的には問題のない従業員が経営不在でやる気が出ない状態を、挨拶、掃除、電話応対という基本的な応対を躾けることで、それまでとの差を顧客に見えるようにし顧客の評価を獲得する。評価をフィードバックされた従業員は、自信を持ち自らの感性を磨き顧客のニーズを自ら察知するようになる。このやり方は、手強い競争相手のいない地域では有効なやり方である
  • グリーンコアは、本質的に人を愛する従業員に自分が好きなことを自由にやらせるという、新しいホスピタリティ・サービスの可能性を示す例である。顧客が望むことを積極的に察知しそれを叶えるという利益度外視で非合理的見える行動が、却って低コストでリピート客を獲得できることを示している参考事例となっている
  • いずれのケースも、リピート客の獲得に繋がる接客サービスの元は、顧客の個々の事情を察知するという意味でのホスピタリティにある。コンサルタントは、その前提として満足度が高く動機付けられた従業員の存在が不可欠であることを知っておくべきである