中小製造業での「人を大事にする経営」の合理性:脱予算経営とそれを支える安定雇用


一見時代遅れの日本型経営がうまくいくのはどういう時か?

中小企業の脱下請けに必要な3つのパラダイムシフトで、オンリーワンの商品を作り脱下請けに成功している中小企業の経営方法を解説しました。

それらの企業の成功の裏に共通してあるのは、社員を大事にするという姿勢です。いずれも、オイル・ショック、バブル崩壊時やリーマン・ショックの時に、社員をリストラすることは絶対にしないという姿勢を貫いています。

たとえば、これらの成功企業の仲間であるエーワン精密は、次のような施策を掲げています。(他の企業も大体似たような施策をとっています。)

  • 終身雇用
  • 組織はいらない
  • タイムカードなし
  • 給料は年功序列
  • 売り上げ目標がない

まさに古き良き日本的経営の鑑とも言うべき施策ですね。

その姿勢は何を意味するのでしょうか?

単なる創業者の個人的信念に基づくものなのでしょうか?そうであれば、コンサルタントが関与する領域ではありません。

実際、いわゆる日本型経営に対しては次のような指摘がなされており、中小企業の大勢とは異なっている上に、時代遅れとみなされる傾向が強まっています。

  • 年功序列、終身雇用などのいわゆる日本型経営は、戦後の高度成長期には労使双方にメリットがあっただけで、日本経済に固有の制度ではない。高度成長が終わった現在では様々な制度疲労が見られ、その弊害に苦しんでいる企業が多々ある
  • 日本の労働市場が正規・非正規といった線引きで極端に二分化する中、正社員という身分を得るために企業からメンバーシップ型の無限定な働き方を期待・要請されることは、とりわけ既婚の女性にとって不利に働きかねないし、ブラック企業を助長することにもなりかねない。職務(ジョブ)や勤務地などが限定されたジョブ型の雇用契約を前提とする人材採用のあり方を探るべきである(規制改革会議)
  • 日本の労働市場の特徴として指摘されてきた終身雇用制と年功賃金制は、大企業を中心に大きな特徴ではあったが、中小企業の雇用者や女性を含めた雇用者全体について見ると、支配的ではなかった。特に、年功賃金についてはそうである(中小企業白書)

しかし、「人を大事にする経営」がこれらの企業の長期的成功と本質的な関係があり、経営者が「意図して」一見時代遅れの日本型経営に注力しているとすれば、話は変わってきます。コンサルタントとして、当然その成功理由を把握しておく必要が生じます。

今日は、後者の立場から、これらの企業の「人を大事にする経営」の合理性を探ってみることにします。

ロングセラー商品を可能にする「反常識」経営

これらの企業に共通するのは、オンリーワンの商品を作っているだけでなく、それらの商品がロングセラーとなって、長年会社の屋台骨を支えているということです。その結果、次に示すような圧倒的な市場シェアを獲得しています。

  • オキツモ: 開発先行で、耐熱塗料では国内シェア50%超、シリコーン系耐熱塗料では世界シェアナンバーワン
  • 樹研工業: 匠の技による「世界一ちいさな歯車」を作る極小精密部品加工技術を開発し、自動車に使われるステッピング・モーター用歯車で独占的シェア
  • エーワン精密: 特注品を当日出荷・翌日納品で、コレクトチャック国内シェア60%

このロングセラー商品の元となる設計技術や製造技術を維持していくために、各社は次のような経営をしています。

  • オキツモ: 開発のための予算は設けずプロジェクトも作らない。選択と集中ではなく小さな開発のタネをコツコツと育てていく。難しいプロジェクトでも、誰かが「やってみたい」と手を挙げれば、手がけさせる。この仕組みを支えているのは、昇進を断り続ける、あるいは自分の部屋に数百冊の文献を備えている技術者の存在である
  • 樹研工業: 従業員に最新設備を選ばせ動機づける。研究開発部門は不採算部門と位置づけ、「世界でいちばん小さい歯車」などに挑戦させる。経営計画やノルマなどと言うものは、一切存在しない
  • エーワン精密: 短納期を実現するために設備は余分に配置し、通常の稼働率を7割くらいに止める。工程管理や納期管理などは行わず、管理職も置かず、全員が納期に向けて取り掛かる

これらは、一見反常識的な思いつきのように思えますね。計画をすることなく、目の前にある物事を手当たり次第に処理しているように見えるからです。

しかし、もしそうであれば長年にわたって圧倒的な市場シェアを獲得できるはずがありません。その裏には何らかの経営合理性が隠れていそうです。

これらの企業の後に続くクライアントをガイドする立場にあるコンサルタントととしては、その合理性を理解しておく必要があります。

そのためにすべきことは、その合理性を説明する枠組みを見つけることです。そうすれば、これらの企業の貴重な経験を他の企業に応用することができるからです。

その手がかりは、「反常識」と受け取る際のベースにある「常識」を明らかにし、それらを対比することにより得られます。

「脱予算経営」という考え方

我々がこれらの企業の行動に違和感を感じるのは、そこに計画性が感じられないからです。ここで経営に関する計画とは「予算」に関わるものです。ですから、対比すべき「常識」は「予算経営」です。

これらの企業は、以下のように「予算経営」に対するアンチテーゼを唱えているのです。

  • 通常の予算管理では、予算サイクル毎に達成目標を定め、目標実現に必要な資源を配分し、達成度を追跡する。この方法は、環境変化が緩やかな時代で、しかも周囲への影響力が大きい大企業には有効かもしれないが、環境変化に影響される度合いが大きい中小企業には、メリットは少ない。中小企業にとっては、環境への変化に応じて時々刻々資源配分を変えていくことで、変化適応力を増大させた方が合理的である
  • 同様に、大企業の予算管理では、分業した組織毎の目標達成を図ることで、組織の効率化を図る。これに対し、人的資源の乏しい中小企業では、企業全体の目標を共有し、構成員が臨機応変に協力し合う方式の方が、組織全体の効率が上がる

このような見方をすると、これらの経営者の考え方は、必ずしも反常識的でないことがわかります。

実際、現行の常識とされている予算制度の多くの問題と限界があることが認識されています。そして、その問題を解決した企業経営の方法として「脱予算経営」という経営方法が提案されています。

「予算」とは、「あらかじめ計算・算出すること」です。企業や組織を運営する際、売上や費用をあらかじめ算出することは重要です。売上以上に費用を使っていては、利益を生み出せません。収入・支出がいくらになりそうかの計画を立てることはとても大切です。

しかし、一方で予算には次のようなデメリットもあります。

  1. 予算は手続きが煩雑で多額のコストがかかる。経営には予算管理よりも力を注ぐべきところがある
  2. 予算は現代の競争環境とはマッチしないケースもある。経済、社会および政治の不確実性が高まっているので、計画策定が無駄になっていることが多い
  3. 数値のゲーミングにあまりにも多くの努力が向けられている。帳尻合わせ、会計数値の操作、虚偽報告などの不正行為を行ってしまう可能性もある

このデメリットを避け、固定的な目標ではなく相対的な成長などを目指した「脱予算経営」をする企業が現れており、それらは参考資料に示した運営方法を取っています。

このように見れば、ロングセラー商品を作っている企業は、中小企業に合った脱予算経営を選択したものとみなすことができるのです。一見反常識的な経営が、合理的な考えに基づくものであることがわかります。

コンサルタントは、「反常識」という感情的な言葉遣いに終わるのではなく、それぞれの経営を言語化して正しく位置付ける枠組みを知っておき、その枠組みに沿って経営の可否を論じることができるようになっているべきなのです。

動機付けられた社員の協働を可能にする日本型長期経営

脱予算経営を効果的に実行するためには、巻末の参考資料に見られるような原則が守られる必要があります。この実現のためには、全体の利益を考えて主体的に行動する社員の存在が不可欠です。

その社員を育成する鍵となるのが、日本型の長期的経営です。

3社とも中小企業には珍しく終身雇用を保証しています。(樹研工業は定年制すらありません。)給与も基本的には、年功序列です。

このようにクビになる心配がなく、しかも大企業のような規則で縛られないので、オキツモの社員は自分の専門分野の研究に打ち込みます。樹研工業では、じっくりと時間をかけて手仕事を身につけさせ、匠の技に必要な五感を磨かせます。

エーワン精密では、待遇が良いので優秀な社員が優秀な人を引っ張ってきます。その中から未経験者だけを選び、エーワン精密のカルチャーに合った行動様式を教育しています。

このような長期育成をするためには、会社に財務的な余裕があることが前提となります。そのために各社が実行しているのが内部留保の充実をもとにした逆張り経営です。

どの創業者も、自分への配当をすることなく内部留保の充実に努めています。

内部留保が充実していれば、不況時をリストラすることなく過ごすことができます。また、不況時は優秀な人材を雇いやすく設備も安いので、逆張りで積極的な投資を行い、企業の体力を増強させています。

このような意味での日本型の「人を大事にする経営」が「脱予算経営」を支えています。その結果、長期的に技術力・製造力が高まり、ロングセラー商品を可能にしているのです。

ロングセラーを支える経営

まとめ

  • オンリーワン商品を作り、それをロングセラー化することに成功している中小製造業の多くが、オイル・ショックやリーマン・ショックなどの不況時にリストラを行わない「人を大事にする経営」を信条としている
  • その信条は、単なる創業者の個人的信条というよりは、企業の長期的成功という目的から見た合理的な選択であることが多い
  • ロングセラー商品を持つ企業は、固定的な予算編成に縛られることなく、環境変化に適応した資源配分を行なっている。また、社員もあらかじめ定められた役割の実行ではなく、全体目標の実現に向けた柔軟な協働を行なっている(脱予算経営を実施している)
  • 社員の柔軟な協調を可能にするもととなっているのは、豊富な内部留保を実現した長期的経営がもたらす安定雇用である
  • 一見時代遅れに見える「人を大事にする経営」の背後には、このような合理的な経営思想がある。コンサルタントは、その因果関係を理解することにより、ロングセラー商品を志向するクライアントをガイドできるように準備すべきである

参考資料

脱予算経営の特徴:6つのリーダーシップ原則と6つのプロセスの原則

清水孝、「脱予算経営における経営改革の手法」

リーダーシップの原則

  1. 顧客:従業員を組織の階層的な関係ではなく,顧客の成果に集中させる。
  2. 組織:中央集権化した機能の集合ではなく,リーンなネットワークとして組織化する。
  3. 責任:単に計画に従うのではなく,すべての従業員がリーダーのように行動して考えることを可能にさせる。
  4. 自立性:詳細に指示して部下に権限移譲しないのではなく,チームに行動をするための自由と能力を与える。
  5. バリュー:詳細なルールや予算ではなく,少数の明確なバリュー,ゴールおよび境界を通じて統率する。
  6. 透明性:セルフ・マネジメントのためのオープンな情報を作り出す。組織階層によって情報を制限してはならない。

プロセスの原則

  1. 目標:継続的な改善のための相対的目標を設定する。交渉による固定業績契約を交わしてはいけない。
  2. 報酬:固定目標値の達成ではなく,相対的業績に基づいて共有した成功に対して報酬を与える。
  3. 計画策定:トップダウンの年中行事ではなく,計画の策定は継続的かつ包括的なプロセスとする。
  4. コントロール:コントロールは,計画に対する差異ではなく,相対的な指標と傾向に基づかせる。
  5. 資源:資源は必要に応じて有効可能となるようにする。年次予算の配分によるのではない。
  6. 調整:相互作用はダイナミックに調整する。年次計画のサイクルを通して行うのではない。