会社を潰さないキャッシュ・ベースの管理会計:オイルショック時の松下電器に学ぶ


今日からブログの新しいシリーズを開始します。「中小企業の経営学」というタイトルで、コンサルタントが中小企業経営者に経営上の問題解決をどうガイドしていけば良いかを解説していきます。

ここで注意すべきことは、経営に関する知識があることと、実際にそれを用いて経営者をガイドできることには、レベルの差があるということです。ガイドできるためには、クライアントに欠けている経営知識を順序立てて説明し、それがなぜ今必要かを論証して見せる必要があります。

ということで、本シリーズでは一件自明と思えることでも、その根本に立ち返って、今一度腹に落として説明するという作業を試みます。

手始めのテーマは「管理会計」です。  

P/LとB/Sをどう位置づけるか

コンサルタントとして、中小企業経営者に経営アドバイスをしているとき、P/LとB/Sの重要性をどう位置付けますか?P/Lの方が重要ですか?B/Sの方が重要ですか?

コンサルタントとして、何らかの意見を持ってガイドすべきですよね?

そう言うと、「企業にとって一番大切なのは利益だから、重要なのはP/Lに決まっている」と言う意見が出てきます。実際、知り合いの中小企業診断士に聞いてみたところ、同じ意見でした。

では、本当にそうでしょうか?ひとつひとつ検証してみましょう。

発生主義では「利益はオピニオン」

会計に少しでも心得のある人なら、黒字倒産という言葉を耳にしたことがあるでしょう。P/L上は黒字なのに現金が足らず、銀行取引停止になる状態です。

どうしてこうなるのでしょうか?それは、会計上の利益の計算と実際の現金の流れに時間差があるからです。

一般的な企業の会計では、支出や収入の発生が確定した時点で、実際の現金の動きとは関係なく金額を計上します。その理由は、一定期間に生じた売り上げと費用の関係を合理的に対応させるためです。

たとえば、工場を運営するための電気代を3ヶ月ごとに支払う契約になっていたとしましょう。

このとき工場で生産された製品が毎月1回出荷され、その対価が入金されたとすると、売上は毎月発生します。現金も、毎月流入します。

簡単のために、製品の生産に必要な費用は電気代だけだとすると、売上に伴う現金が毎月流入し、電気代に伴う支出が3ヶ月に1回発生します。

このとき、利益を現金の流入で計算すると、最初の2ヶ月間は電気代が発生せず利益が大きく計算されます。しかし、実際には電気の使用は毎日発生して生産に使われています。

これでは不合理なので、実際の支払いとは別に毎月電気代が発生するとして、売り上げと費用を対応させようとするという考え方が生まれます。これが、発生主義です。

そして、発生主義で売上と費用を対応させる方法は一通りではありません。企業ごとの対応のさせ方を理解していなければ、対象企業が正確にどれだけのキャッシュを持っているかを計算することはできません。

これが、「利益はオピニオン」と言われる理由です。

「勘定合って銭足らず」を防ぐためにはB/Sを管理する

さらに、この発生主義と実際の現金の流れの差が黒字倒産を生むもととなります。たとえば、次のようなことが起こるとキャッシュフローはマイナスとなります。

  • 商品を大量に仕入れ、その一部を今期売った。その結果、売上が上がる前に商品代金を払う必要が生じ現金が減る。しかし、残りの商品は在庫となりB/Sに計上されるので、P/L上の利益はマイナスとはならない
  • 商品と仕入れの量はだいたい均衡しているが、売掛金の回収期間の方が買掛金の支払い期間より大幅に長い。その差額を埋めるための運転資金が必要となり、手元の自由に使える現金を圧迫する。しかし、この状況はB/Sに反映されるだけで、P/Lの利益は何の影響も受けない

このようなことが積み重なると、遂には日々の決済に使える現金が不足し、黒字倒産となるわけです。

これらを見てわかることは、P/L上の利益を見ているだけでは倒産は防げないということです。B/S上の現金の量を監視し、さらにその増減のもととなる売掛金、在庫、買掛金の動きを把握しておく必要があるのです。

つまり、会社を潰さないためには、P/LではなくB/Sに注目する必要があるのです。

最近のベストセラーの数字は人格 という本では、このことを“「資産は上へ、負債は下へ」が社長の仕事”という節を設けて説明しています。

図①が示すように、貸借対照表の流動資産と負債の勘定科目を見ると、流動資産は現金化しやすいものから上から順番に並んでいます。すなわち、流動資産は上の方を厚くすれば、それだけ倒産しにくくなります。

逆に負債は、下の方に行けば行くほど返済までの期間が長くなります。上の方の負債を下に移せば、それだけ返済に余裕ができ、急な倒産を避けることができます。

図の左側の不安定な貸借対照表を、右側の安定した貸借対照表の姿に変換する努力が必要なのです。一挙に右側の姿に移行することは難しいですが、毎期の予算で少しずつ移行する計画を立て、予実管理をして行くことを、この本では勧めています。

B/Sの管理法

現場のキャッシュ重視を促すキャッシュ・コンバージョン・サイクル指標

「勘定合って銭足らず」を防ぐには、現場にどんな活動によって現金が増減するのかを意識させる管理会計が必要です。そのためには、営業利益ではなくキャッシュフロー、特に営業キャッシュフローを業績評価の中心に置くことです。

とくに、図①で現場が増減をコントロールできる売掛金、棚卸資産、買掛金について、図②のキャッシュ・コンバージョン・サイクルを評価対象とすることです。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルは、現金が企業から出て行ってから帰ってくるまでの時間を表しています。

事業活動の中で現金が出て行く最初のポイントは、掛けで仕入れた原材料の支払いにあると考えましょう。原材料は生産活動に回され、製品在庫として資産計上されます。

在庫が売れると売掛金になり、その売掛金が回収されて初めて、現金が企業に戻ってくるわけです。この時間が短いほど現金需要が小さくて済みます。

図②からわかるように、CCCは売掛金回転期間と棚卸資産回転期間の合計から買掛金回転期間を引いたものです。ですから、CCCを評価指標とすると(短いほど良い)、現場はこの改善のために次のような努力をします。

  • 買掛金の回転期間を長くする(支払いを遅くする)
  • 棚卸資産の回転期間を短くする(生産のスピードを速めたり、売上にすぐ繋がるようにする)
  • 売掛金回転期間を短くする(早めに代金を回収する)

いずれの努力も営業キャッシュフローを増大させ、経営の安定化に貢献するのです。 (これに加えた色々な管理会計の方法については、現場が動き出す会計を参照ください。)

キャッシュ・コンバージョン・サイクル

キャッシュ・ベースの管理会計の成功例:オイルショック時の松下電器

1973年10月のオイルショック発生以降、日本経済も深刻な不況に突入し、翌1974年度のGNPは戦後初のマイナス成長を記録しました。その中で、松下電器はいち早く不況脱出に成功しました。

その理由を、当時の経理責任者が松下経理大学の本に書いています。その内容は、次のようなものです。

松下は徹底したキャッシュ重視で、しかも各事業部に少額の運転資金で運営することを要求しています。「製品在庫は1ヶ月以上持てない。材料も1ヶ月以上持ってはいけない」というような標準が課されていて、その標準内で必要な資金しか与えられていません。

上述のキャッシュ・コンバージョン・サイクルの長さと必要な運転資金の量は比例しますから、キャッシュ・コンバージョン・サイクルを短くする事業部経営を要求しているわけです。

このような運営方法のもとで不況になると、余分な材料を買ったり、余分な製品を作ったりすると、直ちに資金ショートを起こします。ところが、松下のルールでは外部への支払いは現金払いなので、資金ショートはできません。

事業部は仕方なく減産します。売れる分しか作らないのです。

利益重視の他社では、景気回復に備えて設備などを稼働させ製品在庫を積むことにより、営業利益を確保します。当然、松下の事業部も利益確保したいと、本社に陳情します。

これに対する本社の答えは、次のようなものです。

「不況に対して減産すれば、確かに収支は悪くなる。しかし、これは計画的退却なのである。何よりも金を失ってはならない。損益計算書より貸借対照表を重視するのがわが社の経理の基本である。なによりも金を失ってはならない。金が物に変わって寝てしまったらどうなる。あるいは、不良売掛金に変わったらどうなる。製品は、売れる時期がきても陳腐化していて値引きせざるを得ないというリスクをはらんでいる。しかも、物が寝ている間の金利、倉庫料がかかることを承知しているのか?」

このようにして、松下本社は「減益は仕方がない。それでも金は残してください」という「利益よりもキャッシュ重点」の原則を徹底させます。

この結果、松下の販売系列には売り上げを伸ばすための押し込み販売などが一切起こりませんでした。その後3期に及ぶ減益を耐え、次に来た景気の波を他社よりいち早く先取りし、生産販売のスタートを切ることができたのです。

かつて「松下銀行」と呼ばれ一目置かれた松下の経営システムの根幹は、このようなキャッシュ重視の管理会計だったのです。

まとめ

  • 会社を潰さない経営の根幹は、キャッシュを枯渇させないことである
  • キャッシュの管理のためには、P/LではなくB/Sを監視する管理会計の仕組みが必要である。特に、経営者に「資産は上へ、負債は下へ」という言葉の意味を理解させる必要がある
  • 現場をキャッシュ重視視点で動かすための有力な方法の一つに、キャッシュ・コンバージョン・サイクルの短縮化があるので、覚えておくと良い
  • キャッシュを重視した管理会計の代表的な成功事例が松下電器である。事業部を少ないキャッシュで動かす方法の徹底具合には大いに学ぶところがあるので、研究対象とすべきである