客層を絞り込んだ小売業の成功戦略:流通の常識に逆らった顧客価値提供の徹底


なぜ顧客を絞りたがらないのか?

ここ2回、小さな会社 儲けのルールに示されている、商品を絞るエリアを絞る、という中小企業のニッチ戦略について解説して来ました。

今日はその最終回で、小売業が「客層を絞る」場合の成功方程式をお話します。

多くの経営者は「客層を絞る」ことを嫌います。絞ると顧客の絶対数が減る、と考えるからです。

理論的には確かにそのように見えます。ただし、この考えが正しいためには成立すべき前提があります。

それは、絞り込まなかった顧客が全て自分の店に来るということです。でも、この前提は妥当でしょうか?

絞り込まない多数の顧客は、他の店も当然狙っています。また、顧客を絞り込まなければ、万人向けの商品を用意せざるを得ません。これら2つの要因から、顧客を絞り込まない場合には必然的に競争が激しくなります。

これを嫌って、客層を絞るという戦略をとる経営者が少なからずおり、その多くが成功しています。

客層を絞る最大の利点は、顧客のニーズをより深く知ることができることです。顧客ニーズの知識を使って、その客層にある商品を提供すれば、ターゲットとする客層の来店確率が高まるというわけです。

ただし、この効果は一朝一夕では実現できません。時間をかけて仮説検証を繰り返す努力が必要です。

このため、仮説を立てることが苦手な多くの経営者が、この戦略から脱落していきます。その分だけ、踏みとどまった経営者の成功確率が高まっていくのです。

(顧客を絞りそのニーズに対応したビジネスを作り上げていくプロセスは、成功した中小企業経営者なら誰でも無意識にやっていることです。もしそれを理論的に理解したい場合は、スティーブン・ブランクの顧客開発プロセスを参照ください。)

さて、そのような仮説検証を通じて、絞るべき客層が見つかったとしましょう。その次にすべきことは何でしょうか?

それは、「絞った客層」が求める顧客価値を届ける方法を、愚直に追求することです。その愚直さを徹底するとしばしば業界の常識を無視することにもなりますが、その徹底度が競争優位性の確保の源となるのです。

そのことを成功事例の分析から学んでみましょう。

高額所得者の家庭の食卓を豊かにする:成城石井

成城石井は、以前の記事でも述べたように小田急の成城学園駅前で経営する食料品店でした。時代の流れに取り残されないようにスーパーマーケットに業態転換をしようとしたところ、成城学園駅に小田急が大きなスーパーマーケットを作るという事件が起きました。

そこで考えた戦略が、小田急との共存です。小田急が取りこぼす顧客のニーズを拾い上げれば生き残れるという仮説を立てたのです。

この仮説の背景には、成城という特殊な地で永年商売をしてきた経験がありました。高級住宅街が控えている成城では、思い切って品質の高いものに絞ったスーパーが成立すると考えたのです。

成城石井は、この仮説の検証を以下のようなプロセスを繰り返して行っていきました。

  • ナショナル麻布の例に倣い、成城ならワインと輸入酒が売れると思い、思い切って価格を低くして品揃えを強化した。そしたら、飛ぶように売れた
  • 最初は肉に力を入れ魚部門を置かなかったが、「魚も欲しい」というお客様の声で、魚介と塩干物を扱う部門を設けた。ところが、あまり売れなかった。ここで、品質が評価されなかったと考え、東京で一番良い魚を扱う一流の問屋からの仕入れに変更したところ、売れるようになった
  • 鮮魚だけでなく、手間のかかる塩干物も強化した。夜の接待や宴会が多いお偉いさんは、家庭では家庭的なものを食べたいだろうと仮説を立て、日本全国の良いものを探し回って仕入れた。それが、評価された
  • オイルショック後は成城の専業主婦でも働きに出るようになり中食の需要が増えると読み、他社に先駆けて惣菜部門を設けた。ただし、手を抜いたと思われるのを嫌う主婦のために、最後に家庭で一手間をかける必要がある揚げ物の半製品や、火力の弱い家庭では作りにくい中華惣菜を中心にした。品質の高いものを提供するため、最終的には惣菜は一流のコックが作るようにした
  • 良い商品を見つけて大量販売するという方針のもと、ドイツの有名ワインの一つ上のランクの畑だが知名度の低いワインを大量に直輸入して、下のランクの有名ワインの価格で売って成功した
  • 食料品は全て嗜好品になるという仮説のもと、国産天然醸造の醤油を仕入れて広めた。お米も成城石井では値段が高いけれど品質の良いものしか売れないので、嗜好品仮説が成立していることを確認できた
  • 魚や肉などの良い商品は産地で買い付けし、支払いは東京の市場で(借り受けた)買参権(荷受けから買う権利、これでセリに参加できる)を通して行うなどのことをして、量が少ない品質の良いものを調達する方法を生み出した。また場合によっては、鮭などを沖買いし倉庫に貯蔵して少しずつ売った
  • 材料の量が減り大手メーカーが作れなくなった缶詰(ツナ缶やアスパラガスの缶詰、など)は、PB商品を開発して提供を続けた。また、添加物のない安全な商品を求めるお客様の声に応えるためにソーセージを自家製造した
  • コーヒー豆の産地価格が暴落したのにメーカーが価格を下げなかったので、商社の子会社にコーヒー豆のPB商品を作ってもらい安く提供した

このように、ひたすら成城の住宅街に代表される高所得者のニーズを掘り起こし、それに徹底的に応えることで、成城石井は次第に大きくなってきたのです。

その成功理由は、お客様のニーズを優先し流通の常識にはこだわらなかったことにあります。

品質が良く量が少ない食品を調達しようとすると、通常の流通卸ルートでは採算に乗りにくいケースが発生します。そのような場合には、躊躇わずに卸の機能をスキップして、それらを次のように自社に取り込んだのです。

  • 需給調整機能:時鮭のような旬のあるものを、一挙に買い付け(沖買いをして)自社倉庫に貯蔵し、需要に応じて小出しにする。ワインも直輸入会社を設立し、自社倉庫貯蔵で飲み頃になったものを店頭に出す。さらに、高額所得者を握っているという強みを生かし、高額で少量しか流通していなかったものを、大量に買い付け低価格で販売することにより、流通量を増やす
  • 情報マッチング機能:産地の珍しい食品を自分たちで発見し、その調達ルートを開拓する。
  • メーカー機能:メーカーが製造をやめたり法外なマージンを取ったりする時は、自らPB商品を開発する

つまり、成城石井は必要とあれば食料品に関するSPAとなることを厭わず、果敢にお客様ニーズに合わせた品揃えを行ってきたのです。

客層を絞った小売戦略を成功させる鍵は、絞り込んだことで見えてくる顧客ニーズの実現を最優先することです。業界の常識にとらわれずに、徹底してニーズの実現方法を考えるのです。

ワクワク感を提供するプラザ

プラザ(旧ソニー・プラザ)は、当時のソニー副社長盛田昭夫氏の「アメリカのドラッグストアのような楽しい店を作れ」という鶴の一声で、ソニー・ビルの地下にオープンしたお店です。値段が高くても品質が良いものを作るというソニーのDNAを反映して、アメリカのベーシックな雑貨のうち品質の良いものを置くことから始まりました。

開店時はハイソな家庭の主婦客が中心で、海外経験がある男性客も一定程度を占めていましたが、客数はそれほど多くはありませんでした。

ところが1年ほどすると、若い女性客が口コミで多数集まるようになりました。そこで、それまでの商品主体の品揃えから18-25歳の女性という絞り込んだ客層主体の品揃えに転換したところ、これが大当たりしたのです。

それ以来、プラザはこの客層が喜びそうな品揃えに徹することで成長してきました。このためには、以下の方針を取っています。

  • 国内の問屋に頼るだけではなく直輸入業務を活発に増やす
  • 流行に敏感な若い女性社員に、商品管理から売場管理までを一任する
  • 売れそうなものではなく面白いものを仕入れ、まずは店頭に並べる。売れるかどうかは顧客に聞く
  • 問屋任せではなく、社員が直接海外に買い付けに行く。その際、商社などが扱いそうな大手ではなく新進ブランドを探すことで、プラザにしかない品揃えを目指す

ここでも、成城石井と同じように、流通の常識を超えた独自の品揃えをすることで独自性を出しています。

卸は、どうしても安定して量が捌ける商品の扱いを優先します。既存の流通に依存していたのでは、絞り込んだ客層をとことん満足させることはできないのです。

自らの主義主張に合った商品を目利きする究極のセレクトショップ:通販生活

通販生活は、その昔ルーム・ランナーという商品を大ヒットさせた通信販売会社です。

通販生活は、成城石井やプラザが卸の枠を超えた品揃えで成長したのとは真逆の方針を取っています。取扱商品の数を極端に絞り込み、その目利き力でロングセラーを育てるという方針です。

ターゲットとして絞り込んだ客層は、健康や環境に意識が高い層です。

通販生活は、有料のカタログ雑誌の購読者を顧客としています。その雑誌に健康や環境に関する自らの信条を述べた記事を掲載します。それらの記事に賛同した顧客に、ニーズにマッチする商品を広告で勧めるのです。

広告で顧客のニーズを顕在化させた代表例が、イタリアのデロンギ・ヒーターです。

この商品は、もともと代理店が持て余していた不人気商品でした。ヨーロッパでは補助暖房機として売られていたのですが、日本ではそのような需要はありませんでした。

補助暖房機という位置づけなので、あまり暖かくなりませんし温風も出ません。なんとも中途半端な暖房機だった訳です。

ところが、これを寝室用の主暖房機と位置付けて売り出したところ、一大ヒット商品となったのです。次のように、一部の顧客の問題をうまく解決してくれたからです。

  • 寝室でエアコンの「暖」をつけっぱなしにしておくと、吹き付けてくる温風で喉が痛くなる。そのうち暑くなって布団を蹴飛ばしてしまう。音が耳障りで眠れない
  • 換気の必要性や臭いの点で、石油ヒーターやガスヒーターは問題外
  • デロンギは、一晩中穏やかな温度で安定していて、スチーム暖房と同じ原理で酸素を燃やさないので空気も汚れない

通販生活は、この寝室における暖房の悩みのような特定のニーズを持った少数の買い手を見つけ、その人たちに向けた広告を発信し続けて成功しています。 これが、通販生活が行なっている「客層を絞る」です。

広告は、それ自体はあまり信用されるものではありません。その信用性を高めるためには、発信者自身が信頼される必要があります。

通販生活は、顧客に信頼されるための努力を惜しみません。そのために、自らの立場を明確にするということを行なっています。

たとえば、環境に配慮するという立場を理解してもらうために、次のようなことをしています。

  • 売りたい商品と売りたくない商品の基準を定め、それをカタログ雑誌で発信する
    • 長く使い続けられる製品だけ売る。そのために、製品の長期使用性を保つ努力をする。(デロンギ・ヒーターの例では、メーカーからモデル・チェンジを提案された時に、それを拒否し旧型製品を販売し続けることにこだわった。その理由は、新製品に乗り換えると旧型製品用の部品が製造されなくなり、旧製品のユーザが長く使い続けられなくなるから)
  • 可能な限り商品テストや使用者追跡調査を行って、商品価値を適正に伝達する
    • ドイツのミーレの掃除機を売るときに、ダストピックアップ率を調査した。それだけでなく、ミーレ社を見学してこの掃除機を粗大ゴミにしないという企業姿勢を確認した
  • 売った後のサービス(修理や回収・再生)に手を抜かない
    • フロン回収にいち早く取り組む。ノンフロン製品の販売を手掛け、旧製品の買い替え需要がある顧客にDMを送って、買い替え時に回収する

このように通販生活は、顧客に提供する使用価値を明確にし、それを守るために小売の枠を越え、メーカーの領域にまで踏み込んだ活動をしています。

成城石井やプラザとは異なった方向ですが、やはり既存の流通の枠を越えた活動を通して、自らが選んだ客層への価値提供を徹底しています。それが、顧客からの支持となって返ってきているのです。

使用価値の実現

まとめ

  • 小売業が客層を絞ろうとした場合、その客層と提供価値がマッチしたペアを見つけるためには、ある程度の仮説検証をくり返すことが必要である。仮説検証は容易ではないが、そのくりかえしに耐えられない経営者が多いので、それこそが差別化要因確立の源泉になると心得るべきである
  • 客層を絞って成功するためには、顧客が求める価値の提供を徹底的に行うことが求められ、しばしば小売の限界を超えることも必要となる。この限界の越え方に、卸の領域を越えて品揃えを強化する方式と、メーカーの領域に踏み込んで商品保証を徹底する方式の2通りがある。
  • 成城石井とプラザは、豊富な品揃えを提供するために、卸を超えて商品調達を行う食のSPA化をしている。卸は量の安定を求めるので特殊な商品の扱いを避けがちなこと、卸経由での商品調達に頼っていては他社と差別化できないこと、がその理由である
  • 通販生活は、カタログ雑誌で自らの手技を主張することにより健康や環境に関心の高い客層を引きつけ、絞り込んだ特徴のある商品を売り込み、ロングセラー化している。顧客の信頼を維持するために独自の商品保証にまで踏み込んでいる
  • これらのケースが示すように、客層を絞り込んで成功する鍵は、顧客が求める価値を徹底的して提供することである。それを徹底するために必要なら既存の小売の枠を超えることも躊躇わないという姿勢が、競合との差別化と顧客の支持を生む