時間差で儲ける知恵


 

企業が儲けるタネは利益だけではない 

しばらく前に、 Apple のキャッシュ・コンバージョン・サイクルが-20日であるのが凄い、と話題になったことがありましたね。

モノを扱う製造業や流通業では、売上を上げるために通常3つのステップ(仕入、在庫、販売)を経ますが、そのそれぞれにお金の出入りの時間差が伴います。

仕入れたものに対しては一旦仕入債務にして、しばらくしてから代金を払います。在庫として寝かせている間は材料や部品、労賃等に発生した費用が回収されずにいるので、その分の金融費用が発生します。販売をしてもお客様はすぐに代金を払ってくれるとは限らないので、支払までは売上債権として残ります。

モノの製造や販売に時間がかかる製造業では、この時間差を計算した結果でも、仕入れ先や従業員等にお金を払ってからお客様から代金を回収するという順になるのが通常で、その間の運転資金が必要となります。

キャッシュ・コンバージョンサイクル(CCC: Cash Conversion Cycle)は、このお金を払ってから回収するまでの時間を指すもので、以下の式で計算されます。(詳しくは、戦略思考で読み解く経営分析入門―12の重要指標をケーススタディで理解する: 大津 広一 を参照)

キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)(日) = 売上債権回転期間(日)+ 棚卸資産回転期間 – 仕入債務回転期間(日)

日銭商売の小売業では、モノを売ってその場で現金で回収した後で仕入れ先に代金を支払うのでCCCの値はマイナスですが、製造業はこの値はプラスなのが普通です。この値がマイナスだからAppleは凄いという訳です。

AppleのCCCがマイナスになるのは強力なブランド力を背景に販売先に前払いを要求している等の理由があると言われていますが、このような交渉力に頼らずともビジネスの仕組そのものでCCCをマイナスにしている方法がいくつもあります。ビジネスの仕組を学ぶ上で参考になることが多いので、それらを紹介しておきます。

ただ。この話を始める前に一つ注意しておくべきことがあります。上述のように、製造業のCCCはプラスで小売業のCCCはマイナスです。CCCの値は大体業界の構造によって決まりますので、それがマイナスだからと言って、それだけでその企業が凄いということにはなりません。同じ業界の他社と比べて、その値がどれくらい小さいかが優劣を決めるのです。

デルの仕組:製造業なのに先にお金をもらう

この世界で最初に有名になった例が、ブログの読者の大勢もご存知の PCのダイレクト販売をやった Dell です。Dell は、ダイレクト販売に乗り出しすことにより、製造業でありながら日銭商売を実現してしまいました。 

日銭商売をやるだけなら、小売業に転換し商品を仕入れれば良いのですが、それでは製造業の強みである内部での付加価値増殖を捨てることになります。

Dellが凄いのは、注文を受けて代金をもらってから数日で生産を終了し顧客に届ける仕組 BTO (Build to Order) を構築したことです。

このようにして CCC をマイナスにすることにより、2つの点で競合相手に対する圧倒的優位性を手にしました。

一つ目は、CCCがマイナスですからキャッシュが貯まることです。当時は PCの需要が右肩上がりでしたから、Dellはどんどん貯まるキャッシュをもとに他社よりも積極的に製造能力を拡大し、その需要を吸収することができました。

もう一つは、PC部品の急激な価格低下の享受です。他社は部品を購入してから製造販売まで数十日かかります。Dell は、注文を受けてから部品を手配して製造します。その数十日の間に、この業界では部品の価格がどんどん下がります。すなわち、同じ日に顧客の手元に届く製品の中の部品価格が Dell の方が安く、利幅が大きくなるのです。

最近でこそこのモデルの優位性は良く知られていますが、90年代にDell が急成長(92年から99年までの7年間で売上9倍)を始めたときには、なぜそのようなことが可能なのか、私にはしばらく分かりませんでした。(現在この成長が終わりLBOで事業再構築を図ろうとしているのですが、まさに隔世の感があります。)

コストコ:会費の前払いがすべてをうまく回す資金源

別の観点からすごいのが、これも良く知られているコストコです。(プランB 破壊的イノベーションの戦略: ジョン・マリンズ, ランディ・コミサー参照)

コストコは小売業なので CCC がマイナスなのは当たり前ですが、次の点で競合他社への優位性を築いています。

  • 購買力のある高所得層向けの商品を品数を絞った大量仕入で低価格提供することにより、あっという間に商品が売れる。(売上債権回転期間および棚卸資産回転期間が短い。)
  • 大量仕入の倉庫型なので、仕入れ条件が良く店頭に並ぶまでの時間が短い(仕入債務回転期間が長く棚卸資産回転期間が短い。)
  • 会員制で獲得した会費でオペレーションを回すようにしており、商品を非常に低マージンで販売する。その低価格が顧客増につながる。(CCCがマイナスであることで積み上がるキャッシュがさらに増える。)
  • 会費は前払いなので、それで積み上がったキャッシュをもとにどんどん出店し、それがまた会員増につながる。(キャッシュの増加スピードが加速する。)

これは非常にうまくできたビジネスモデルです。それを図示化したものを以下に示します。

コストコ

CCCをマイナスにして儲けている例は、すぐには気づかないことが多いですが、いろいろあります。

その昔、アメリカン・エクスプレスは、トラベラーズチェックを発行し、そこで得た金を他の金融事業への投資に充てていました。トラベラーズチェックは前払いというメリットがあるだけでなく、旅行者が余った分を次回の旅行分として退蔵してくれた金額も馬鹿にならなかったと言います。

コスモス薬品:卸売業者への支払期間差を利用して競合に差をつける

もう一つ別の観点から面白い例が、九州で急速に拡大しているドラッグストアのコスモス薬品です。業界トップのマツモトキヨシの CCC が 13.2日なのに対し、コスモス薬品の CCC は -26.0日です。(卸売業の機能をうまく活用した秀逸なビジネスモデル「コスモス薬品」

マツモトキヨシは小売業なのにCCCがプラスなのは一見して変ですね。戦略ケース コスモス薬品 ―業態革新の波を起こし、東部戦線を拡大中 を見ても、売上債権回転期間は短く、仕入債務回転期間は非常に長いです。それでもCCCがプラスになる理由は、棚卸資産回転期間の長さによるとしか考えられません。医薬品の回転率は低い(売れるまでに時間がかかる)ので、仕入れ先への支払の方が先になっているのでしょう。

そのかわり医薬品の粗利益率は非常に高く、ドラッグストアはそれを原資にして日用品の値引きをすることにより、他業態を圧倒して勢力を拡大してきたのです。

そのような業界にあってコスモス薬品のCCCがマイナスなのは、扱っている商品の比率が違うからです。

コスモス薬品は、他のドラッグストアと比べて加工食品の取り扱い比率が非常に高いのです。加工食品は日用品や医薬品に比べて回転が速いです。さらに加工食品の卸は他の業界の卸より強大で支払サイトを長くしてくれる傾向にあります。コスモス食品は、この加工食品を大量に素早く売るノウハウを身につけることにより、CCCをマイナスにして大量出店を可能にしたのです。仕入れ先である卸売業界の事業構造を巧みに利用しているのです。

まとめ:お金の回り方の時間差の重要性

以上のように、CCC をマイナスにして儲ける企業は、業界の構造を非常にうまく利用してビジネスの仕組を考えています。お金の回り方の時間差という分析視点は、ビジネスモデルを理解する際には非常に有用なので身につけておくべきだと思います。