非常識経営を支える合理的なマーケティング戦略:獺祭、ラッキーピエロ、六花界


非常識経営が成功する理由とは

世の中には、一見非常識に見えるのに成功している経営が存在します。なぜそれらが成功するのか、とっても不思議ですよね?

たとえば、道端の経営学という本に、アメリカのアーカンソー州北東部の人口67,000人のジョーンズボロという市の矯正歯科クリニックの話が載っています。

このクリニックを経営しているバリス医師は、車で4時間ほど離れた小さな町に月に1回診療と治療に出かけます。でも、自動車ではなく飛行機に器材を全部積み込んで、自分で飛行機を操縦して出かけるというのです。

そんな小さな町に出かけるために飛行機を購入して採算が合うのか、それよりはジョーンズボロに集中した方が良いのではないか、とびっくりします。ところが、その裏には合理的な戦略があるのです。

その戦略とは「規模の経済」です。

矯正歯科を訪れるために、人はわざわざ遠くまで足を伸ばしたがりません。しかも、歯科矯正医院は小さな待合室と診療台が2、3あれば運営できます。

小商圏で運営費が安くつく、小さな医院が基本のビジネスです。しかし、請求業務や保険業務に関わる人件費や、州の営業ライセンス費用などの固定費がバカになりません。

また、矯正治療に使われるブラケットと呼ばれる歯列矯正具は、患者の歯に合わせるためにサイズが膨大にあり、在庫費用が嵩みます。

このクリニックは、引退する歯科矯正医から歯科医院を買い取り、予約の電話をコールセンターに集中させるなどのことをして、事務管理機能を集約しています。これにより、医院あたりの固定費を下げます。

さらに、在庫を一元管理した上で、買収により顧客数を増大させています。顧客一人当たりの固定費の比率を下げて利益を増加させているのです。飛行機購入や歯科医の雇用で生じる固定費も、それを上回る顧客増で十分回収できるという訳です。

この例からもわかるように、一見非常識に見える経営が成功している場合には、その裏に合理的な戦略が潜んでいるのです。

この事例を、フードビジネスで検討してみましょう。

杜氏無しで逆境を跳ね返した酒蔵:獺祭

お酒を飲む人なら獺祭の名前を耳にしたことがある人は多いでしょう。年商はこの10年で約13倍の49億円(2014年)、生産高5万石に達し、全国の日本酒消費量がピーク時の3分の1に激減している中で、純米大吟醸の分野で一人勝ちの感さえある蔵です。

しかし、これもあちこちで語られている話ですが、かつては倒産寸前の危機に瀕していました。そこから脱却するためのとられた方法の一つが、「杜氏無しの社員だけでの酒造り」で、これが非常識な経営として有名になっています。

杜氏無しの酒造りは、どのような経緯で生まれたのでしょうか?苦し紛れの策なのでしょうか、合理的な選択の結果なのでしょうか?

獺祭を製造する旭酒造は、現社長の桜井博志氏が経営を引き継いだ1984年には、山口県岩国市の中でしんがりの4番手メーカーだったそうです。最盛期の1973年に2,000石あった生産高が700石まで落ち込んでいました。

元は、地域の住民相手に日常飲む酒を提供しているメーカーでした。しかし、会社が存在するのは岩国中心部から車で50分くらいかかる山村で、地域の人口も終戦時の3,000人から500人程度に急減している過疎地でした。

このままではジリ貧なのは火を見るより明らかです。しかし、岩国の中心部に打って出ようとしても自社より強力な酒蔵が2軒営業していて、酒屋相手の営業力ではとても勝ち目はありませんでした。

それならと質で勝負しようとしても、コスト競争力のある良質な普通酒を作るには最低限5000石程度の生産量が必要だという、まさに八方塞がりの状況だったのです。

こうなると、生き残るための策は一つしかありません。「高くても売れる良質な酒を少量作る」ということです。すなわち、大吟醸の生産に徹することです。

そして、売れるという条件を満たすために、地元ではなく大消費地である都会の顧客を相手にすることにしました。桜井社長は論理的思考ができる人だったので、「座して死を待つよりは」と、この決断をしたのです。

ここまでは、実施は難しいですが通常の経営上の決断です。どこにも非常識なところはありません。

このような決断はしたものの、吟醸酒の作り方のノウハウは全く持ち合わせていません。杜氏を入れ替えてのゼロからのスタートだったので、自然に杜氏と二人三脚で蔵元が作り方に口を出す体制になりました。

そのうちに副業の失敗で先行きを心配した杜氏が辞めてしまい、本当に社員と共に酒造りをせざるを得なくなってしまいました。いわば、追い込まれた結果としての非常識経営だったのです。

しかし、この「非常識」は日本酒業界から見ての非常識だっただけで、決して広い世界で見た非常識ではありませんでした。

そもそも日本酒は、一年を通じて醸造する四季醸造が行われていました。ところが、江戸時代に伊丹で寒造りの技法が確立され、冬に上質の酒ができるようになりました。

一方、酒造りは大量の米を必要とするため、食料としての米の需要と競合するという性格を持っています。そこで、江戸幕府は米が豊作の年は酒造りを奨励し、不作の時は酒造りを抑えようとして、酒造りを免許制としました。さらに、寒造りの技法確立に乗じて、寒造り以外の醸造を禁じたのです。

こうして酒造りは冬に限られた仕事となったので、農民が出稼ぎとして冬場だけ杜氏を請け負うようになりました。やがて各地にそれぞれ地域的な特徴を持った杜氏の職人集団が生成されていった、という歴史があるのです。

寒造りでは、醸造中の温度管理が肝となります。その結果、冬の積雪が多く温度が安定している雪国で、杜氏たちが腕を磨いていったのです。

このような歴史的視点に立てば、温度管理技術が発達した現代では、杜氏がいなければ酒造りができないという訳ではないことが分かります。

実際、日本でトップクラスの吟醸酒を作り続けていることで知られている石川県白山市の菊姫酒造では、1986年から蔵人に頼らない酒マイスター制度という酒造りを始めています。現代の名工に選ばれた農口杜氏の引退に備えて、機械化やデータ化できることは思い切って科学的に処理し、人間的要素が残る部分に集中して若手を育成したのです。

獺祭が社員だけの酒造りを始めたのは2000年からですから、当時社員だけでも吟醸酒が作れることは理屈の上ではわかっていました。ですから、この選択は決して非常識ではなかったのです。ただ、それでも思い切ってその体制に切り替える蔵は菊姫くらいしか存在しなかったので、保守的な周囲から非常識とみなされたのです。

(菊姫は吟醸づくりのノウハウが蓄積されている中での集団酒造りへの移行であったのに対し、獺祭はノウハウなしでのチャレンジであったので、より思い切った決断であったのは事実です。)

しかし冷静に考えれば、成り手が少なく高齢化する一方の杜氏集団に頼った酒造りが、長続きしないことは明らかです。ここでも経営的な決断がものを言ったのです。

その後の獺祭の成功については雑誌記事などをお読みいただきたいですが、獺祭の成功要因は一般酒をやめ純米大吟醸に絞ったことです。資源を持たない地方の極小の蔵は集中戦略をとる以外に手はない、という点で常識的で合理的な戦略をとったのです。

その戦略をとった結果が、たまたま日本酒業界の通念に合わなかったために「非常識経営」と呼ばれているのです。しかし、常識的に経営していれば、獺祭はとっくに潰れていたかもしれません。

非常識経営の裏には、合理的な経営上の決断があるのです。

効率を追わない函館の地域一番ハンバーガー・チェーン:ラッキーピエロ

ラッキーピエロは、ロックバンドのGLAYのメンバーがインディーズ時代(函館在住時)に通いつめていたことが全国放送の音楽番組で紹介され、一躍有名となったハンバーガー・チェーンです。函館圏内で大手ハンバーガー・チェーン全てを合わせたよりも多数の店を出店している、地域一番店です。

その経営が非常識とされる点は、以下の2つです。

  • 函館の外に出ようとせず、チェーン店のスケールメリットを追わない
  • 店舗毎にテーマを決めた異なった装飾を施している。メニューのラインナップが店によって異なっているのも特徴で、特定店舗でしか扱っていないメニューがあり、チェーン店としては効率が悪い

この背景には、函館市の人口減少があります。函館市の人口は、1980年の34万5千人をピークに減少を続けており,2017年1月は26万5千人となりました。

しかし、中小企業であるラッキーピエロには、これでも十分に大きなサイズです。

もし、全体的に人口が減少している北海道で他の地域に出店しようとすると、その候補は札幌しかありません。経営資源に乏しい中小企業には、遠隔地への出店は大きなリスクになります。これが函館にとどまる理由です。

一方、人口減少の函館で漫然と営業していたのでは、企業の成長は見込めません。このため、ラッキーピエロは購買頻度の増加に集中することにしました。いわゆる80:20の法則に賭けたのです。

ラッキーピエロには、サーカス団員制度という会員制度があります。年間購入額に応じてポイントが還元されるという制度です。

この最上位に、スーパースター団員があります。累計利用額が14万4千円以上の会員で、利用還元率が6%以上です。来店すると名前を呼んで歓迎され、新年会にVIP待遇で呼ばれるなどの特典があります。

スーパースター団員は毎年200名以上増え続けており、累計で3,700名を超えているとのことです。そして、サーカス団員全体の1割しかいないスーパースター団員が、ラッキーピエロの売上の7割を占めるようになっていると言うのです。

ラッキーピエロの戦略は、このスーパー団員を増やすことに集中しています。まず、函館の住民をターゲットを絞らず来店させ、その上で来店し続けるように促すのです。

具体的施策は、以下に示すような順になっています。最初の来店から固定客になるまでの動線が、これでもかというくらいに設計されていることがわかります。

  1. 顧客が驚き口コミで来店するような原価率のメニューにする(全国平均の倍の重さの圧倒的ボリューム感で350円のチャイニーズ・チキンバーガー、など)
  2. 人口が27万人しかないので、ターゲットを絞らず親子三代が楽しめるテーマパークのような店作りとする。メニューもお客様の要望を取り入れながら増やし、全世代が楽しめるものとする(現在150品目)
  3. 函館にはそれぞれの地域に特性(観光客が多い、高齢者が住んでいる、学生が通ってくる、など)がある。その特性に合わせた店作り、運営をする(学校に近い地域では学生の少ない小遣いを考えてドリンクを安くするなど)
  4. 地元イベントのポスターの店内展示やサーカス団と共同での街頭清掃ボランティアなどで、地域に愛される
  5. 素材にこだわり安心して食べ続けられるメニューを安価で提供し、継続来店を促す(遺伝子組み換えとは無縁の国産大豆100%の醤油、お米は東北産の「ひとめぼれ」、塩は沖縄の「シママース」などを使用)
  6. 会員制度を作り、購入頻度が上がると実質購入価格が下がるようにする
  7. お客様を名前で呼んで迎える。「いつもの〇〇」で通じるようにする
  8. スーパースター団員には年末に店長がお礼に伺う

このような施策の結果、年間来店客数も200万人と、函館市の人口の7.5倍という人気となっています。地元に徹底的に密着することで、チェーン店としてのスケールメリットや効率を追わないという「非常識」を上回る成果を上げているのです。

激セマの立ち飲み焼肉店:六花界

六花界は、次のような何から何まで非常識の塊のようなお店です。 

  • 資金がない
  • 飲食店経営の経験がない
  • 料理ができない店主
  • 神田駅前のチケットショップの後の2坪という激セマの土地に出店
  • 立ち食いの焼肉店

それなのに坪あたりの毎月の売上が100万円を超えるという成功を収めています。その裏には、上述の2つの例と同様の、冷静で合理的な計算があったとことを確かめてみましょう。 

まず、資金がないことについてです

お金がないので広い店は出せません。しかし、集客にはこだわりたいので都心の路面店にこだわりました。その結果、2.2坪となった訳です。

しかし、このままでは収容人数が少なすぎます。店主は、元インテリア・デザイナーなので、キッチンなどのスペースを徹底的に削りました。

その上で、立ち食いにすることにしました。さらに、通常の立ち飲み屋は顧客が壁を向いていますが、対面型にすることにしました。これで、収容人数が6人から10人に増えました。

次に、料理ができないことについてです。

まず、料理として何を出すかですが、これは流行り廃りがないという理由で、肉に決めました。そして、料理ができないのなら諦めると割り切り、顧客のセルフサービスの焼肉としました。顧客が対面しているテーブルの真ん中に、共同で使う七輪を2つおくことにしたのです、

これで、立ち飲みの焼肉というコンセプトができた訳ですが、ここまでの計算は合理的ではあるものの、あくまで自己都合です。このままではお客さんが集まるという保証は、何もありません。

そこで食材の質に徹底的にこだわることにしました。散々苦労して肉を小売を通さず卸業者から直接買うことに成功し、和牛の極上ロースをはじめ全て一皿500円という低価格で出すことにしたのです。(最近は、牧場から直接購入しているとのことです。)

さらに、肉と吟醸酒が合うということを発見して、人伝てで購入ルートを開拓し、大吟醸も1杯400円という破格の値段で出すことにしたのです。

商品の高品質・低価格で、激セマの立ち飲み焼肉という自己都合を帳消しにすることにした訳です。

残る問題は、これで人が集まるかということです。この点は、リピートを重視することで解決しました。

立ち飲み屋なのに回転を重視せず、接客に力を入れました。いつも賑わっていて客が楽しそうに過ごしているという光景が店の外から見えるので、新たな顧客が覗き込む、ということの方を重視したのです。(一人でお店を運営していて回転しなくても利益は出るように設計してあります。だからこそ取れる戦略です。)

そのうちに、リピート率が8割というお店になりました。また、店の常連のブロガーが記事を書いたりして、「セルフ焼肉と日本酒の立ち飲み」という奇抜なコンセプトが幸いして、次第に有名になったのです。

以上を見ると、一見奇抜なコンセプトのお店ですが、高品質・低価格の商品で客を呼び、丁寧な接客でリピートを増やすというマーケティング戦略の基本を忠実に実行していることがわかります。

そして、その裏に低リスクで出店するための冷静な計算があるので、ビジネスとして成功しているのです。

非常識経営

まとめ

  • 世の中には、一見非常識に見えるのに成功している経営がいくつもある
  • それらの非常識経営は、それぞれの企業が置かれていた逆境(経営危機、地域の人口減少、資金不足、など)を跳ね返すために生まれてきたものである
  • そして、逆境を理解すれば、それらの非常識経営が実は以下のような合理的な判断のもとに実行されていることがわかる
    • 勘に基づく職人集団が維持できないためのデータ経営への転換
    • 地域に密着してリピート率を高める経営
    • 使用資源を最小化してリピート率を高める経営
  • 逆境に苦しむ中小企業を助けるためには、コンサルタントはこれらの非常識経営の裏にある合理的な経営判断を理解し、その経験を応用できるようにしておくべきである