顧客心理を応用した中小企業向けプライシング技法


需要曲線が把握できないとプライシングはできないの?

価格戦略の基本は、顧客の需要曲線を的確に推測し、顧客の支払い意欲を取りこぼさないようにすることです。具体的には、次の2つの取りこぼしを避けようとするものです。

  1. 価格が高くても買う意欲がある顧客がいるのに低い価格をつけてしまい、その顧客からの売り上げ拡大機会を逃す
  2. 必要以上に高い価格をつけて、適切な価格なら買う気のある顧客にそっぽを向かせる

しかし、実際にはこの需要曲線を把握することは、中小企業にとっては(そして大企業でさえも)容易なことではありません。需要曲線を把握できなければ、的確なプライシングができず、売上拡大機会を逃すしかないのでしょうか?

この問題を理解するために、価格の掟に載っている次の事例を見てみましょう。

ドイツのある銀行で、2通りのテスト販売をしました。

テストAでは、次の2つの商品をテスト販売しました。預金口座を1ユーロで提供するというものと、預金口座とクレジットカードがセットになったのを2.5ユーロで提供するというものです。

その結果、テスト参加者の51%がセットを、49%が口座のみを選択しました。

次のテストBは、この2つの商品にクレジットカードのみ利用で2.5ユーロという商品を加えました。すると、クレジットカード単独を選んだのは参加者の2%で、セットサービスを選ぶ人が81%へと急上昇しました。

他の何も変えずに一つの(一見無駄と見える)商品を追加しただけで、顧客一人当たりの平均管理料売上高は1.89ユーロから2.42ユーロに上昇したのです。

このことから何を学べるでしょうか?

テストAとテストBの違いは、テストB でクレジットカード単体という商品が加わり、セット商品のお値打ち感が強調されたということです。提示された商品の価格比較の組み合わせで、顧客の購買心理が変わるという事実があるのです。

このことはよく知られていて、価格の心理学という本まで出ています。

顧客の価格に対する心理を知っていれば、需要曲線の調査ができなくても、自社の商品の組み合わせを工夫することで、ある程度は売り上げを伸ばすことができます。経営資源に乏しい中小企業にとって是非身につけておくべき知識だと言えましょう。

以下、中小企業で応用可能な顧客の価格心理について解説していきます。

価格の基準点(アンカー)の大きな効果

中東の市場などに行くと、商品に正札がついておらず、相対で価格交渉せざるを得ないことがあります。テレビなどでも、商人がやたら高い価格をふっかけ、買い手が大幅に値切るということを繰り返す光景が見られますよね。

この時、商人が正気とは思えない高値をふっかけてきますが、それには理由があります。彼らは、最初に高値をふっかけた方が、最終的な妥結価格が高くなるという経験則を知っているからです。

これが、アンカリング効果と呼ばれるものです。ダニエル・カーネマンの「ファースト&スロー」でも1章が割かれて記述されているほど、心理学的根拠のある現象です。

アンカリング効果とは、「ある未知の数値を見積もる前に特定の数値を示されると、あなたの見積もりはその特定の数値の近くにとどまったまま、どうしても離れることができない」という現象を指します。これが、アンカー(錨)と名付けられた所以です。

贅沢品を売っているお店でガラスケースの中に非常に高額な商品が飾られていますよね。その価格は、誰がこんな高いものを買うのかと疑うほど高額です。

これも、アンカリング効果を狙ったものです。

その商品は、誰かが買うことを期待されて陳列されているのではありません。その商品を見た顧客の価格感をずらし、その周りにある普段なら購入をためらうような高額商品を買わせることが目的なのです。

このことを知っていれば、次のような応用ができます。(ただし、顧客がその商品の価格について「相場観」を持っていないことが前提です。)

高級レストランの前菜の価格が、1,0000円から2,000円だったとして、1,800円の前菜が選ばれる確率が20%だったとしましょう。ここに2,500円の前菜を追加すると、1,800円の前菜が選ばれる割合はきっと増えるでしょう。顧客が「中間を選ぶ」傾向が強いからです。

このようにして売り上げを増やすことができますが、価格の高い商品を追加して、この「中間」の価格をずらすというのもアンカリング効果の一つなのです。

アンカリング効果を知っていて、それを適切に使えば、需要曲線を知らなくても売り上げを増大できる可能性があるのです。

おとり戦略

商品が2つあり、あなたはその高い方を売りたいと思っているとしましょう。高い商品が、価格の割には品質が優れているとすれば、高い商品を買うように薦めることは比較的簡単です。

しかし、顧客が商品の品質を正確に評価できることは稀です。顧客にとっては、2つの商品のどちらの方が費用対効果が優れているのかわからない、というのが普通です。

このようにAとBの2つの商品があり比較に困る(一方が価格、他方が品質で優れている、などの)ときに、Bより両面で間違いなく劣っている商品Cを見せると、顧客はAよりBを選ぶ確率が高くなります。

これを利用して、価格が高い商品Bを買ってもらいときに、Bより品質が劣っている商品Cを高い価格をつけて提示すれば、Bを売ることが易しくなります。

冒頭の例では、クレジットカード単体で2ユーロというのが商品Cに相当します。この商品Cをおとり商品と呼びます。

たとえば、雑誌出版社で印刷媒体の週刊誌とそのオンライン版を扱っているとしましょう。それぞれの年間購読料は、16,000円と10,000円です。

利益や広告収入の大きい週刊誌の方を売り込みたいが、価格に敏感な読者向けや検索サイトでのランキングのためにはオンライン版も欠かせないとしましょう。

このときに、週刊誌の売り上げを増やすためのおとり商品は、週刊誌形式の少し低品質の商品です。週間ではなく月間でバインダー付きの商品を18,000円で販売すれば、1ヶ月待たなければならず、バインダーが付いているだけで高い価格を支払う購読者は少ないですが、これがおとりとなり、オンライン版より週刊誌版を選ぶ購読者が増えるのです。

バンドリング

皆さんもマクドナルドのセット価格はよくご存知ですよね。ハンバーガーが、ドリンク、フライドポテトを、それぞれ単品で買うよりセットで買う方が安いというものです。

この価格づけを価格バンドリングと呼びます。

価格バンドリングにより売り上げを増せるケースには、次の2通りがあります。

一つは、マクドナルドのケースのように顧客が自分の支払い意欲を自覚している場合です。たとえば、筆者の場合ならハンバーガーとコーヒーは表示価格で買う気はありますが、フライドポテトは高いと感じるので表示価格では買いません。

しかし、セット価格を見てフライドポテトが安いと感じれば、セットを買う可能性は高くなります。そして、同じことが、コーヒーが高いと感じている人にも起こります。

このことを具体的な数値を使って解説しましょう。

今、A、B、C、 Dの4人が、ヘッドフォンとICレコーダーの購入を検討しているとしましょう。この時、4人がヘッドフォン、ICレコーダーに支払っても良いと考えている金額とその合計金額が次のようであるとします。(単位:千円)

  • A: 4.o, 8.0, 12.0
  • B: 5.0, 7.5, 12.5
  • C: 8.0, 5.0, 13.0
  • D: 9.0, 3.0, 12.0

この時、ヘッドフォンを7,500円、ICレコーダーを8,000円で売り出したとすると、図-A左側に示すように、A、Bはヘッドフォンのみを、C、DはICレコーダーのみを購入にします。

それに変えて、両者をバンドルして12,000円で売ると、図-Aの右側に示すように(各人の支払い意欲が合計金額の線上か右上にあり、価格より大きいので)全員が双方を買うようになり、売り上げは17,000円増大します。

この売り上げ増が原価増より大きければ、バンドルをして売った方が利益が増えて得だということになります。これが、バンドリングの効果です。

バンドリング

この種のバンドリングの効果については価格理論の教科書に詳しく説明されているので、たとえば価格戦略論などを参照ください。

二つ目のケースでバンドリングの最大の効用が得られるのは、類似の商品がなくなることです。

競合する類似商品があれば、顧客は価格を比較し優劣を判定しようとします。ところが、バンドリングをすると比較が難しくなります。

競合製品がなければ、顧客は純粋にその商品が提供する価値を見て、価格が損価値に見合えば購入してくれ、その分価格を上げられます。

たとえば、レストランのコース・メニューが、この例です。このケースでは、マクドナルドと異なり単品の価格は表示されていません。

顧客は、メニューを構成している個々の原価にまで目が届かないので、帆立貝がいくらについているかなどに目くじらをたてることなく、提示された価格を払うことになります。したがって、お店の方は利益率の高いメニュー構成を考える自由度を獲得できるのです。

もう少し手の込んだバンドリングが、携帯電話の料金プランです。顧客の関心事に応じて、音声電話の使用量、メールのデータ転送量など、の優待プランが用意されています。

顧客は自分の主要関心事(音声電話のかけ放題、など)をいくつかチェックしたのち、そのプランの料金が妥当かどうかを判断します。決して、そのプランが最適だろうかとは問いません。その妥当性と最適性の差に、売り上げと利益拡大のカギがあるのです。

効用の非線形性の利用

価格に関する顧客心理についてもう一つ知っておくべきことは、効用の非線形性です。図に示されるように、あるものを100ドル分手に入れた時に得られる心理的価値の増加分と比較すると、その後さらに100ドル追加して得られた価値の増加分は小さくなるということです。(S字カーブを描くのが難しかったので、図は価格の掟から借用しました。)

効用の非線形性

逆方向の損失についても、同様の傾向が見られます。最初に何かを失った時の喪失感は結構大きいですが、その後の追加的な損失のダメージはだんだん少なくなります。

これを利用したプライシングが、ジャパネットたかたなどのテレビ通販に見られる「あれも、これも付け加えてたった〇〇円!」という方法です。これは、行動心理学者リチャード・セイラーの言う「クリスマスプレゼントは一箱にまとめるな」という売り方です。

セイラーによると、3万ドルのボーナスは嬉しいが、1万ドルのボーナスの嬉しさの3倍の嬉しさではありません。3万ドルを1回にまとめてもらうより、1万ドルのボーナスを3回別々に(全て予想外の時に、少しずつ間を空けて)もらう方が、ずっと喜びが大きいというのです。

ボーナスを3回もらえれば、3回喜べます。こうした予想外の収入の金額が実際に幾らかは、思うほど重要でもなく、足し算されるものでもないのです。

テレビ通販では、この原理に従って、次のようにたたみかけます。(この例は、プライスレスに載っている例を少し改訂しました。)

  1. 通常価格では、〇〇は1本でたったの4,999円です
  2. それに発送料、送料、手数料の895円になりますが、
  3. 本日ご注文いただければ、品物を3倍にして、さらに〇〇の大瓶を2本お送りします
  4. さらに特別サービスとして、〇〇の旅行サイズ1本と、△△を1本、全て「無料で」お付けします!

テンポの良い口上で品物が一つずつ出てくるたびに、支払う気になる額がどんどん向上し、最後には価格が正しいものに思えてくるのです。

これと同じ方法で成功しているのが、アメ横の「入れちゃえ、入れちゃえ」で評判のお菓子屋さんです。

これと逆方向の損失感を小さくする方法が、均一価格です。

テレビ通販では、商品が細かく分割されて、たくさんの小さな特典に分けられていますが、それとは逆方向に、損失の場合はそれをかき集めて一つの大きな山にすべきなのです。

どのような商品に払うお金も損失なので、それをまとめた方が痛みの回数が減るからです。

クルーズ船では「無料の」食事が大きな魅力になっています。食事代は支払った運賃の中に入っていますし、そう安かったわけではありません。

それなのに、ただのような「気がする」のです。一皿食べるごとに代金を計算する必要がないからです。

これと同じ方法をとって成功しているのが、ビデオ・サービスのネットフリックスの月額定額料金です。これまでの、借りた本数での代金支払いが一括になり、顧客の負担感が解消したのですが、顧客はその割には数多くのビデオを借りているわけではないので儲かります。

このように、商品の提示方法や支払い方法は、特段の投資を必要とするわけではないので、中小企業に向いた販売促進方法なのです。

まとめ

  • 価格理論の様々な知見は、顧客の需要曲線をもとに導出されている。しかし、中小企業にとって需要曲線を把握することは容易ではなく、それによらないプライシングの方法が求められている
  • 一方、これまでの経済学は、経済的な選択において顧客が需要曲線に基づいた合理的な行動をとることを前提としているが、それが必ずしも正しいとは言えないことが、最近の行動経済学・心理学の研究で明らかになってきている
  • これらが意味するのは、行動心理学の知見に基づいたプライシングの可能性があるということである。中小企業経営者は、次のような方法を知っておくと良い
  • アンカリング:最初の高い価格を提示されると、どうしてもその価格に引きずられ、最終的な購買価格が向上する
  • おとり戦略: 2つある商品のうち高い方を売りたければ、高い方の商品に類似しているが品質で劣る商品を高い価格で提示すれば良い
  • バンドリング:商品をひとまとめにして価格づけすれば、競合との価格比較が難しくなり、商品そのものの価値を評価してもらえるので、より高い価格で売れる
  • 効用の非線形性の利用:特典を小分けにして次から次へと追加すると、顧客の喜びが大きくなり、財布が緩む。また、支払いを一括均一料金すると、支払いに関する痛みが減り、需要が拡大する