事業計画書の見直しの頻発を防ぐリスク管理
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作り直しが頻発する「逃げの」経営改善計画
事業計画一般の話をする前に、今日のテーマが極端に現れる経営改善計画の話をします。
(経営改善計画とは、借入金の返済等、財務上の問題を抱えていて、自ら経営改善計画等を策定することが難しい状況にある中小企業・小規模事業者が、中小企業の支援機関の手を借りて経営力強化を図り、金融機関からの融資を継続してもらうために作成することが多いものです。事業計画と本質的には同じものですが、実際的には後ろ向きの性格を持つことが多いです。)
知り合いの中小企業診断士と話していると、経営改善支援センターなどに同じ企業が何度も現れることが頻発すると言っていました。
1年か2年前に作成した経営改善計画が破綻し、このままでは金融機関の融資が継続できず資金繰りができなくなるので、融資継続のために計画を作り直したいという相談に来るのだそうです。
変な話ですよね?何のための経営改善計画なのでしょうか?
まあ、資金繰りに切羽詰まった中小企業が恥も外聞もなく厚化粧した経営改善計画を提出し、金融機関も見捨てることができず当座の資金繰りを保証したということはありそうなことです。このような企業はいずれ淘汰されざるを得ないので、ここでは論外とします。
問題なのは、本来は立ち直れるポテンシャルを持っていたはずの企業が計画修正を迫られていることはないかということです。その原因が元の計画そのものに潜んでいたとしたら、コンサルタントとしては見過ごせない問題ですよね?
たとえば、得意先の大手製造企業が新興国に工場移転することがわかっている時には、それに備えた経営強化が必要ですよね。その計画支援を担当したコンサルタントや会計士が販売強化を苦手としていて、工場の合理化を通して生産性向上を図り、利益が確保できるとした計画書を書いた、ということは起こりそうなことです。
この計画をもとに金融機関が融資をしたとしても、得意先の工場移転が実現した暁には、計画の見直しを迫られるのは必定です。むしろ、それまでの時間を空費した分状況は悪くなっているはずで、みすみす立ち直れたはずの企業の破綻に手を貸した、ということになりかねません。
ここまで極端ではなくても、無意識にこのような逃げの計画を策定していることは多々あると思います。無意識であるがゆえに、クライアントが不意打ちで受ける被害が大きくなっているとしたら、対処する方法を見つける必要がありますよね?
ここでは、その話を一般化して、事業計画の作成を支援するコンサルタントが注意しておくべきことについて、検討を進めます。
「事業計画書の書き方の本」には「想定外」の扱い方が示されていない
上記の問題は、コンサルタントが苦手な問題を避けることだけから生じるのではありません。実は、事業計画に何を書くべきかの考えがずれていることが一番の問題なのです。
(以下では、「事業計画書の書き方」の例として、3版を重ねよく売れていると思われる 事業計画書の読み方と書き方がよ〜くわかる本(第3版) を念頭において議論します。)
計画の修正が必要になるのは、次の2つの理由のいずれかあるいは双方が起こる時です。
- 元々の計画の精度が低い、あるいは当初から正しくない
- 計画の実行中に想定外のことが起こり、それに対処しきれない
上述の厚化粧した計画書はAの例です。最初の計画の質が低ければ、その後どう行動しても質の低い成果しか得られないので、これ自身大きな問題です。
上述の逃げの計画書には、A とB の双方の問題があります。
販売強化から逃げたというのはAの問題ですが、逃げなかったとしても、得意先移転が実現した時の備えが不十分であれば、それはBの問題です。
今日の本題はBです。Aに陥らないための考慮事項は上述の「事業計画の書き方」の本できちんとガイドされていますが、Bを避けるための手ほどきがないからです。
「備えあれば憂いなし」と言いますが、世の中には備えがない計画が横行していて、それが数多くの問題を引き起こしているのです。
事業計画見直しを避けるために必要な潜在的問題分析
「備えあれば憂いなし」を英語で何と言うかを調べてみたところ、ローマ時代の政治家・哲学者のセネカの次の言が見つかりました。
“Hope for the best, but prepare for the worst.”
計画はベストを目指して作らなければなりませんが、同時にworstにも備えておかなければならないということです。ところが、後者ができないのです。
新・管理者の判断力 ラショナル・マネジャー という本が、なぜそうなるのかを説明しています。
この本によれば、人類はその登場以後、基本的な4つの思考パターンを使って生き延びてきたとのことです。
その思考パターンは、次の4つの質問をし、それに答えることです。人類が文明を生んだのは、この自問自答能力にあるというわけです。
- 何が起こっているのか?(状況把握と明確化)
- 食糧源が徐々になくなり、繰り返し洪水が起こり、怪獣の来襲があるといった混乱した状況を把握し、明確にし、分類し、秩序立てることによって、複雑な状況を構成要素に分け、「何をすべきか」を決めることができた。この意味で、太古の祖先が生き残る上で、最も大切だった思考パターン
- どうしてそうなったのか?(原因と結果)
- 当初の人類は、誕生、病気、死、あるいは日の出、日の入りと言った自然現象を理解できなかった。周囲についての観察の蓄積、熟考、コミュニケーションを通じて、そういったことの因果関係を練り上げていったことにより、環境を利用できるようになった
- どういう処置を取れば良いのか?(選択)
- このパターンにより、人間は夜を徹して狩りを続けるか、朝まで待つか、洞窟に隠れるか、川岸のどこに野営するかを決められるようになり、行きあたりばったりの行動から脱することができるようになった
- 将来どんなことが起こりそうか?(将来の予測)
- 先行きどうなるかを想像し解釈する能力は、われわれの祖先に途方も無い利益をもたらした。嵐やヘビ、冬の食料の欠乏、夏の水不足などを予測できるようになり、将来起こるかもしれない不都合なことに備えて、「今」行動することができるようになった
この思考パターンは古今東西文化を問わず有効だということは自明でしょう。現代の企業が生き残るためにも、この四つの思考パターンの全てを駆使しなければならないことは、言うまでもありません。
それをまとめて、この本の著者は以下の問題解決プロセスを活用することを推奨しています。(図①参照)
- 状況把握(状況分析)
- 状況の分析、明確化、分離、複雑な状況の管理可能な要素への細分化、状況に対するコントロールの維持を行なう
- 問題分析(原因究明)
- よくわからないが、どこかおかしい状況から、その原因を取り出す。これにより、厄介な状況から重要なものを取り出し、不適切なわけのわからない情報を取り除くことができる
- 決定分析(選択決定)
- 選択決定を必要とする状況を客観視し、目的達成のための選択肢の分析や、それぞれの選択肢の相対的リスクを分析する
- 潜在的問題分析
- 将来起こりそうな不都合を避けるために、現在わかっていること、そう考えてもまず間違いないと思われることを活用して、予防的処置をとる
問題解決プロセスには色々な流儀がありますが、細かいことをさて置けば、この問題解決プロセスに異議はないでしょう。
ただ、この本のユニークさは、他の問題解決本にない潜在的問題分析(将来の不都合すなわちリスクの管理)の必要性を強調していることにあります。そのためにこそ、わざわざ人類生存の歴史にまでさかのぼって議論しているのであって、それが非常に参考になるのです。
著者たちは、次のように語って、世の中では潜在的問題分析が十分には行われていないことに警鐘を鳴らしています。これは非常に重要です。潜在的問題分析が欠如しているために、上述のBの問題が起こるのですから。
- 「現状を見ると、各組織がその持てる力を十分に生かして効率的に将来に対処しているとは、とうてい言い難い。」
- 「多くの組織にまかり通っている論法はこうだ。“予測を行う責任を負っているのは誰なのか”」(将来のことを考えるのは、特定の個人の責任であり、組織をあげて秩序立てて検討する必要はない)
- 「普通、人々が将来のことに無関心なのは、忙しいだけが原因ではない。将来について考えたり、将来について考える方法を身につけたりするのは、いたって骨の折れることなのだ。」
確かに人間は将来の不都合を考えることが苦手なようです。上述のように「事業計画の書き方」の本でも、全部で335ページのうち「事業のリスクは何か」に関する記述は2ページあるだけで、具体的リスク管理法は見当たりません。索引で「リスク」を引いてみても、3箇所に1行ずつの記述があるだけです。
この本は、1、2、3の問題解決プロセスを事業計画に適用した結果判明した、経験則で書くべきだとわかったことを説明してはいます。それだけでも大きな貢献です。しかし、4がないと万一の時に生き延びることが難しく、それが故にセンターに何度も相談に来る中小企業が頻発するのです!
もう一つ自戒しておくべきことがあります。コンサルタント自身が自分の事業を計画する場合は、将来起こりそうな問題を軽視した事業計画を書くでしょうか?
事業計画を実行するのはクライアントだとして、将来の不都合を他人事としているから、潜在的問題分析をおろそかにしているのではないでしょうか?だとしたら、プロとしての適格性を疑われる由々しき問題だと思います。
潜在的問題を分析するリスク管理手法の基本
著者たちは、潜在点問題分析を行うプロセスを提唱していますが、ここではもう少し実用的で簡便な方法を考えてみましょう
それは、潜在的問題分析に必要不可欠な次の二つの質問をすることです。
- どんな不都合が起こり得るか
- それに対して、今何ができるか
将来の問題を分析する際には、“将来何をすべきか”という視点で考えがちですが、これでは“今”計画することはできません。
将来の不都合を管理する計画を立てるためには、後者の、“今何ができるか”という視点から不都合を分類すべきなのです。
このことに気づくと、プロジェクト管理で知られているリスク管理の手法が使えることがわかります。プロジェクト管理者は、(コンサルタントとは違って?)プロジェクトに想定外のことが起こっても「絶対に」逃げられないので、その管理方法を発明しているのです。
具体的には、不都合を以下に示されるリスク(Risk)、前提条件(Assumption)、課題(Issue)、依存関係(Dependency)に分類することです。(これらの頭文字をとって、この手法をRAIDと呼びます。)
- リスク:現在は発生していないが将来起こる可能性が高い不都合
- 前提条件:その不都合が発生すると計画を変更せざるをえないが、それが起こる確率は非常に低く、その発生を想定しなくてよいと合意できるもの
- 課題:すでに発生していて、その対策を講じる必要がある不都合
- 依存関係:自分の計画がある時点で他者の行動の結果をインプットとする必要があるという関係。インプットが得られない、あるいは必要なタイミングて来ない時には不都合が起こる関係
この分類に従って、次のような計画を作れば、将来起こり得る問題に対処することができるようになります。
- リスクへの対処:それらのリスクの発生確率とリスクが生じたときのインパクトの重大さの評価とそれに応じた対応策。リスクの発生確率の大きさに応じた、リスク監視策
- 前提条件への対処:これが発生しないと想定することの合意。(発生した場合は計画を作り直す)
- 課題への対処:課題そのものの解決策の事業計画への組み入れ
- 依存関係への対処:期待するインプットの内容と受け入れる時点の定義、およびインプットの提供相手との合意
プロジェクト管理から学ぶリスク管理手法の事業計画への応用法
例えば、イケイケドンドンの経営者が次のようなシナリオで融資のための事業計画策定を依頼してきたとしましょう。
「新しい機械を導入して、部品加工技術の幅を広げたところ、得意先から評価され新規受注の相談を持ちかけられた。2年間はかなりの量の受注が見込めるとのことである。ただし、競合に勝つためには、得意先を満足させる受注処理能力を実証する必要があり、そのために機械をさらに何台か導入したい。その融資を金融機関に納得させたい。」
経営者がこのようにイケイケドンドンのときに、それに待ったをかけるのは容易なことではありません。それに、もし成功したなら、待ったをかけたことは間違いになります。金融機関も同じ思いなので、融資を無下に断るのは難しいでしょう。
このときに、RAIDを知っていれば、以下のような整理をして、経営者と潜在的問題に関する冷静な会話をすることができ、計画の質を向上させることができます。
- リスク: 得意先が新規参入の会社に受注量の増加を持ちかけてきた背景を整理する。たとえば、得意先に工場の海外移転の計画があり、既存のサプライヤーが受注能力を絞っている結果かもしれない。その場合、得意先工場の移転リスクに備えた対策が必要となる。たとえば、機械は割高でもレンタルにする、あるいは協力工場を確保し加工を依頼するなどの方策が必要になるかもしれない
- 前提条件:新規部品加工への進出は、会社の戦略であることを確認する。上述のような得意先工場の海外移転があっても変わらない不退転の決意であることを確認する
- 課題:文脈からすると、新規に導入した機械の歩留まりが悪い可能性が非常に高い。この歩留まり解消策がない限り、新規機械の導入は絵に描いた餅になるので、歩留まり向上策が必須である
- 依存関係:協力工場に加工を依頼する場合、得意先からの受注量増大のペースに合わせて協力工場の加工能力を確保できることを確認する必要がある
このようにRAIDを整理すれば、社長のイケイケドンドンを批判することなく、潜在的問題を表に出して議論することができるので、コンサルタントはこの技法を知っておくべきなのです。
まとめ
- 経営改善計画を策定した中小企業が、程なくして計画の改定依頼に支援センターを再訪することが頻発する。その理由は、元々の計画書の質が低かったこともあるが、それ以上に深刻なのは想定外のことが起こってそれに対処できなかったケースである
- 「想定外」が起こる原因は、将来の不都合への備えがないことである。「備えあれば憂いなし」が実行されていないのである。
- 人類が生き延びるために不可欠であった将来の不都合の予測は、現代の組織では軽視されがちである。それが証拠に「事業計画の書き方」の教科書でも、「リスク」に関する記述は全体のほんの一部で終わっている
- 「備えあれば憂いなし」を実現するには、将来の不都合に対処する「潜在的問題分析」が不可欠である。それを簡便に行うには、プロジェクト管理の知見に学ぶとよい。
- すなわち、将来の不都合を、「“今”何ができるか」という視点から、リスク、前提条件、課題、依存関係に分類して、それぞれに対する“今”できる対策を考えればよい。コンサルタントがクライアントの計画遂行結果に責任を持とうとするなら、この知識は必須である
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