中小企業の2つの競争優位戦略:弱者の戦略(顧客密着)と強者の戦略(集中化)
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様々なニッチ市場の見つけ方
ここ2回、ニッチ戦略について解説してきました。ニッチ戦略では、次の2点が主要関心事となります。
- 大手が参入にくい市場をどう見つけるか、
- その市場をどう維持するか(中小の同業者の参入をどう防ぐか、市場が大きくなってきたときに大手の参入をどう防ぐか)
ニッチ市場を見つける具体的方法には、大手が見捨てた「平均的でない顧客」に着目することなどがあります。そしてその第一歩は、大手のサイズに合わない市場を探す、すなわち市場を「絞る」ことです。
絞り方の代表選手は、小さな会社の儲けのルールにあるように、次の3つでしょう。
- 商品を絞る
- エリアを絞る
- 客層を絞る
これらの絞り方がどんなものであるかは、この本に載っている以下の事例を見ればわかります。
- 商品を絞る
- カーライフ550:5万円から50万円の中古車限定ディーラー。小さな市場で儲けが少ないので大手のディーラーがやりたがらないが、所得が低い佐賀県郊外のディーラーではナンバーワン
- ホームテック:新築住宅に比べると工事単価が1桁は低い住宅リフォーム市場の中で、さらに小さな外壁のリフォーム市場に特化。外壁は痛み具合が外からわかるので手間さえかければ営業が容易なこと及び同業に悪質業者が多いことに目をつけて、福岡近辺で年商25億円
- エリアを絞る
- 福一不動産:福岡の中州エリアに特化し、寿命の短いスナックやバー、クラブなどの店の新規開店や移転に絞り営業。営業エリアを100分の1にして年商3倍
- ダスキンサーブ:福岡市のダスキンの個人事業主。マットやモップの交換に2週間に1回顧客を訪問する必要があるので、営業エリアを市内の3カ所に絞り、それ以外の地区からは一切仕事を取らないことを徹底。ダスキンのFCで九州のトップ3に入る
- 客層を絞る
- 美研:浅草の弁当箱販売会社。大手が営業に行かない街の弁当屋、飲食店、小規模スーパー(これらの店の多くは自分で弁当箱を買いに行っていた)に営業して年商20億円
- ニッコウトラベル:平均年齢70歳以上の熟年層を専門とした旅行代理店。通常3泊4日のツアーを5泊7日にするなど顧客ニーズに対応して、東証2部上場
どうでしょうか?なかなか面白いですね。ニッチ市場を見つけるのに、いろいろなアイデアがあるものです。
一方で気になることもあります。それは、この本では参入障壁が示されていないことです。たまたまうまくいってしまった事例としてしか、紹介されていないのです。
見つけた市場のポテンシャルに誰も気がつかないうちは、それでも構いません。しかし、これらの会社の成功が世に知られてしまえば、このままでは真似をする企業の参入を防御することは難しいでしょう。
コンサルタントが、クライアントにこれらの事例を真似たニッチ市場をアドバイスするとしたら、それは危険でしょう。アドバイスの前に参入障壁を築く方法も学習しておく必要があります。
ニッチ市場での競争優位性を維持する2つの戦略
中小企業が見つけたニッチ市場を維持するためには、その狭い世界でも競争優位に立つ必要があります。そのために何をすべきか、ポーターの次の3種類の競争優位戦略に立ち戻って考えてみましょう。
- コストリーダーシップ戦略
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- 価格は重要な購買決定要因である(=同じ商品なら安い方がいい)と考え、価格面で競争優位に立とうとする戦略
- 差別化戦略
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- 他社とは明確に異なる、価格以外の便益の提供で競争優位を得ようとする戦略
- 集中化戦略
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- 小さな市場(=ニッチ市場)で圧倒的な競争力を持ち、他社が入り込む余地を与えず安定した業績を上げようとする戦略
このうちのコストリーダーシップ戦略は、そもそも体力のない中小企業は避けるべき戦略なので、ここでは2と3を検討してみることにしましょう。
まず2の差別化戦略ですが、差別化の方法はそれこそ山のようにあります。
経営学入門(上)によれば、差別化戦略は何らかの次元でユニークさを打ち出し、それによってプレミアムの獲得を目指す戦略だとされています。製品それ自体、配送の方法、マーケティングなど、多くの要因が差別化の源泉となり得ますが、それは産業ごとに多様だとされています。
ここで注意すべきは、差別化は追加コストを要求するということです。ですから、資源に乏しい中小企業にアドバイスするコンサルタントは、低コストで汎用性の高い差別化方法を心得えておく必要があります。
その一つは、中小企業と顧客との距離の近さを活かす方法です。顧客ニーズの細かいところまで理解して、他が追随できない価値を提供する顧客密着の戦略です。
とうことで、以下では顧客密着戦略と集中戦略がどのような参入障壁を築けるか、実例をもとに検討することにします。
顧客密着という弱者の戦略
個別対応の強化戦略
顧客密着戦略ですぐに思いつけることは、個々の顧客のニーズに丁寧に対応することです。
この例としては、リハビリ用の精巧な手動車椅子という狭い商品市場に特化した上に、さらに顧客ごとの個別ニーズに合わせたカスタマイズをしているタイライトという企業があります。
タイライトは、チタンを使用して車椅子を作っています。チタンは強度重量比が高いので、薄い壁の管を作ることができ、車椅子を軽くできます。また、振動吸収性に優れ、長時間椅子に乗っていても疲れないという特長があります。
さらに、チタンは形状操作も容易なので、タイライトでは顧客の希望に合わせたカスタマイズを武器にしています。手動車椅子では、ユーザーの体のサイズや体型と怪我や機能障害によって一人一人が抱える課題が異なるからです。
カスタマイズの要望に応えるために、後輪のオプションだけでも50種類(競合会社は20種類)取り揃えているほどです。
このようなサービスを提供できる背景には、経営者の一人が14歳の時に脊髄を損傷し、26年間車椅子に乗ってきたという経験があります。その結果、車椅子アスリートから絶大な支持を得ています。
ただ、それだけではコスト高になりますが、この会社はもともと原子力発電用のチタンの管を作っていたという経験が蓄積されおり、製造工程をうまく調整して製造コストを抑えています。
顧客ニーズと製造工程を熟知したカスタマイズ機能により、相手が大企業でも中小企業でも対抗できる参入障壁を築いているのです。
地域の顧客セグメント特化戦略
個別対応でない顧客密着の例としては、エリアと客層を限定し、その顧客セグメントのニーズを熟知した対応をしている例が見られます。たとえば、先週解説したアベ・スポーツなどです。
アベ・スポーツはスポーツ洋品店で、地域のアスリートの支援を目的としています。たとえば、地域の野球選手を少年の頃から見守り、ポジションにふさわしいグローブをアドバイスし、ベテランの職人が使いやすいように調整してくれます。
また、野球やサッカー大会などのイベントにも積極的に協賛しています。このようにして地域の信頼を獲得し、少年野球から地元の大学チームまでのユニホームの調達を一手に引き受けているます。
このような特定地域・顧客層との信頼構築も、大きな参入障壁となるのです。
地域の顧客セグメント密着の例としては、次のようなものもあります。
- プレンツラー屋外広告店:イリノイ州のとある街で営業する道路際の土地に看板広告を出す商売。地元の地理を知り尽くしている上に友人も多いので、待ち時間の長い信号のある場所などの広告に有利な場所をいち早く察知して地主と契約できる。また、夜中にも電球の故障の有無を点検するなど、キメの細かいサービスを実施して、地元のレストランなどの支持を得ている
- とくし丸:軽トラッックで食料品の出張販売をしている。予め地元を歩き回り、買い物難民のニーズの掘り起こしをしており、高齢者の好みに合った食品提供などの価値を提供している
いずれのケースも、絞った商品、エリア、客層の先に存在する顧客の具体的ニーズを熟知しているという中小企業ならではの顧客密着の強みを生かし、大手及び同業他社が追随できない参入障壁の構築に成功しているのです。
その意味では、これらは小さな会社の儲けのルールなどが勧める弱者の戦略と言えるでしょう。
集中戦略:狭い市場での強者の戦略
ここまで述べた顧客密着戦略は、考え方そのものは中小企業には馴染みのあるものでしょう。しかし、所詮それは弱者の戦略です。
知恵は必要とするものの、経営者自身の経営的な発想を根本的に変えるものではありません。これだけでは、会社を大きく成長させるほどのインパクトはありません。
それに対し集中戦略は、たとえ小さな市場でも勝ち目があれば、圧倒的な競争力を構築し他社が入り込む余地を与えない、という強者の戦略です。もし中小企業経営者が将来の成長を望むのであれば、いずれは身につけるべき発想です。
コンサルタントも、機会があればこの戦略を試すよう、クライアントに促す心がけが必要です。
しかし、この強者の戦略は、中小企業のニッチ戦略成功事例書いた日本の本にはあまり載っていません。中堅企業への道を展望するための集中戦略を、米国の成功事例を中心に検討しておきましょう。
まず、商品を絞った事例としてはプロデューという青果用ミストシステム(水を霧状にして野菜や果物に噴霧するシステム)を製造している企業があります。
この会社が進出するまで、アメリカのミストシステム市場は4社の寡占状態でした。この市場にプロデューは新技術で進出し大成功しました。しかも、新技術を防衛するための特許など一切取得せずの進出です。
彼らは何をしたのでしょうか?計算ずくの集中戦略をとったのです。
詳細は省きますが、彼らの新技術はミストを押し出す管を作る金型を使った射出成形です。しかし、この金型の作成には初期投資が必要で、その回収には大量販売が必要です。
一方、ミストシステムの顧客であるスーパーマーケットの純利益率は非常に低いので、それまでのシステムと同等かそれ以上に優れた製品を低価格で売れば、すぐに反応します。
そこで、プロデューは思い切った安値攻勢で一挙にマーケットシェアを取る策をとりました。大量に売れば規模の経済が働き、金型費を回収した上に、以後利益を出し続けられるからです。その反対に、シェアを奪われた競合会社は、平均費用を下げられずコスト的に不利になるので反撃できなくなります。
つまり、この企業は小さな市場でコストリーダーシップ戦略をとって、競合他社を圧倒したのです。
中小企業でも、市場や技術の特性及び競合状況を見極めれば、大手と同様の戦略をとり得るのです。逆に、もし他社にこの戦略を取られたら、一挙に窮地に陥るかもしれません。
攻めるためにも守るためにも、中小企業の経営者と言えども、集中戦略の威力を心得ておくべきなのです。
エリアを絞った集中戦略の事例としては、セブン・イレブンやウォールマートに代表される地域ドミナント戦略があります。さらにその変形としては、地方に巨大なショッピング・モールを建設してその商圏の需要を総取りする、というイオンの戦略があります。
しかも、この戦略は大企業専用ではないのです。九州の過疎地に巨大スーパーセンターを建設して成功したA-Zは、中小企業版のエリア集中戦略で成功しています。
客層を絞った集中戦略では、バレエ・ダンス用品メーカーのチャコットがあります。チャコットは全国に1万以上あるバレエ教室経由でのバレエ用品販売で大成功しました。
バレエ教室を会員とする集中的な営業で、商品販売チャネルを独占したのです。これも別種の集中戦略です。
このように中小企業でも、規模の経済、商圏独占、チャネル独占、などの集中戦略で成功し、その後大企業となった事例が数多く見られます。将来の成長のためには、中小企業経営者は(狭い市場での)強者の戦略も、自分のレパートリーに加えておくべきなのです。
まとめ
- 中小企業がニッチ戦略で成功するためには、ニッチ市場の発見法とその市場の防御法の双方を身につける必要がある
- ニッチ市場を発見する手がかりは、「絞る」ことである。具体的には、商品を絞る、エリアを絞る、客層を絞る、という3つの方法を心得ておくと良い
- 発見したニッチ市場を防御する方法には、顧客密着戦略と集中戦略の2つがある
- 顧客密着戦略は、顧客に近いという中小企業の強みを生かした弱者の戦略である。特殊な製品に対する顧客ニーズの知識、地域の地理的特性の知識、顧客との信頼関係などを参入障壁とする方法である
- 集中戦略は、絞った狭い市場での規模の経済、顧客需要やチャネルの独占などを狙う強者の戦略である。中堅企業への成長を目指す経営者は、自分のレパートリーに加えておくべきである
- 中小企業にニッチ戦略をアドバイスしようとするコンサルタントは、これらの3×2の戦略マトリクスを学習しておくと良い
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