信頼とは(及び信頼の構成要素) 「変革点⑤ (続き)(信頼獲得に至る4段階:その3)」


Last Updated on 2021年9月8日 by 時代遅れコンサルタント

ここからは、市場で仕事を求める場合に注目を獲得できたなら、もう一つの希少資源である信頼を獲得する方法を心得るべきだということをお話しします。

その前に非常に分かりにくい概念である「信頼」とは何かをはっきりさせておく必要がありますね。これをはっきりさせるために、中谷内一也著、「信頼学の教室」を紐解いてみましょう。

この本によれば、社会心理学ではメッセージの送り手への「信頼」を規定する要素は何か、という研究が古くから行われてきたとあります。そこで挙げられてきた構成要素は「能力、あるいは専門性」と「人柄」だそうです。

バスに安心して乗るのは、資格と経験を有した専門能力を有する運転手が運転しているからです、しかし、その人が荒っぽい運転をするようでは信頼しません。その人が真面目で一生懸命職務を遂行しそうだ、という人柄面も信頼のもととなるのです。

「人柄」には、構成、正直、他人に対して思いやりがあり温かい、などの要素も含まれます。この本ではそれを機能的な見方で「動機付け」という言葉でまとめ、能力とペアにしています。有能な人がやる気を出して業務にあたればレベルの高いパフォーマンスが期待できる、この期待こそが信頼の源であり、これらが備わることで自分の利害を任せることができる、という考え方です。

さて、信頼はなぜ必要なのでしょうか?信頼は、社会的不確実性が高くリスクがあるときに、取引を円滑に進めるために必要とされます。リスクを避ける一つの方法は、前に述べた安心社会を形成することです。

しかし、安心社会は内部の社会的不確実性は減らしても、外側の不確実性は減らしません。身内だけで取引を続けると信用調査や契約に必要な取引コストは低くなりますが、新規顧客の開拓できないという機会費用を払うことになります。市場に乗り出して仕事を得ようとするのなら、当然避けるべき行為です。

とは言え、不確実性の高い市場に無防備に進出するのも、賢いやり方とは言えません。未知の相手と取引をすれば、裏切られ倒産するなどのことも起こりえます。そのために厳格な規約書を交わすことにもコストがかかりますし、ルールをいくら厳格にしても抜け道を完璧に防ぐことは困難です。

それを解決する方法が、法体系や裁判所などの制度の確立です。社会そのものが自動的に裏切り者に処罰を与える代わりに、公正さを守るシステムを構築することです。こうすれば、未知の人との取引でも、正直者は守られ損をしなくなるのです。万一問題が起こったら、煽り運転の場合のように、制度の整備で後続の問題を断とうと考えます。これが信頼社会の基本にある考え方です。

信頼とは、市場が提供する大きな機会を享受しながら取引コストを軽減するために必要なものなのです。さらに、市場に乗り出すときにいちいち制度に頼っているのではコストが高くつくので、自分自身で信頼獲得をする方法を見つけて取引コストを下げ、クライアントに喜んで取引に応じてもらうようにする、というのが信頼社会の住民のとるべき態度なのです。

いくら専門スキルが高くても信頼されなければ、取引コストが高いので相手はあなたとは取引をしてくれない、と肝に銘じておくべきでしょう。

逆に、一旦信頼が獲得できてしまえば、取引は非常に簡単かつ楽になります。たとえば、D.マイスター他著、「プロフェッショナル・アドバイザー」にはドキュメンタリー・テレビのプロデューサーに関する、次の話が載っています。

(この本の原著のタイトルは”Trusted Advisor”で、まさに信頼を真正面から取り上げた非常に良い本です。残念ながら、以前は邦訳の質が悪いとAmazonでの評価が低かったせいか、日本語版の増刷がされず中古品しかありませんが、単に読むだけならそれほど酷くはありません。人に教えようと引用する場合には、原著に当たる必要はあるというレベルです。)

  • 新たな番組の売り込みにあたり、彼がやらなければならないのは、基本的なアイデアを書いた2-3ページの簡単な文書を作るだけである。「番組製作者にとって分厚くお金のかかる提案書などは問題ではない。彼らが信頼できるプロデューサーと仕事をすることが重要なのだ。もし彼らがそのアイデアを気に入って、さらに情報が欲しいのであればそう要求する。そうでなければただ私にGOサインを出すだけだ。」

大手企業のクライアント。パートナーをしていた私にも、同種の経験があります。通常コンサルティングの提案書の作成には、かなりのコストがかかります。コストをかけた提案書がクライアントに拒否されることが度々あり、それがコンサルティング・ファームの生産性を下げる大きな要因となっています。しかし、一旦クライアントの信頼を得ると、これが逆転します。

私のケースでは、ある社内カンパニー長の専務に「福永さんがうちの会社のことを一番良く知ってくれている」と言われる状態になりました。そうすると、ある時急に管理担当の取締役に「ちょっと相談がある」と声をかけられ、「これ困っているんだけど、オタクでできる?」と聞かれます。「多分大丈夫です」と答え、1週間後に簡単な提案書を持っていくと、それで契約書終了です。これがきっかけで、総計で2億円以上もらったこともあるという具合です。これこそが信頼の威力なのです

では、市場で信頼される人とは、どのような人でしょうか?ここでは、上記のプロフェッショナル・アドバイザーに載っている例を2つだけあげておきます。

  • バスケットボールのスーパースター、マイケル・ジョーダンのエージントを務めたデービッド・フォーク氏:マイケル・ジョーダンのブランドを生み出し、250万ドルのロイヤリティ収入を得るのに貢献。2件の例で、ジョーダンに頼まれることなく、特定の料金に関し減額あるいは放棄している。ジョーダンがそれまでそのような要求をしたことがなかったからにもかかわらず、そうして欲しいとわかっていたから。それが、ジョーダンの巨額な収入の4%を引き続き受け取っている理由となっていると確信している。
  • ボストンで最大の法律事務所の会長のレジナ・ビサ氏:あるCEOが病院で余命幾ばくもないと告げられた帰路に、奥さんと事務所に立ち寄って、「あなたが私にしてくれたのと同様なことを妻にしてもらいたい。そうしてもらうために私たちは全てをあなたにお任せします」と言った。

どうでしょうか?本当に信頼されるとこのようなことが起こる、ということを知っておいた方が良いと思います。

この記事の想定読者は、それまでの自分の職業的蓄積をもとに企業にビジネス上のアドバイスをしていく人たちなので、中谷内の本の学問的定義より、この本での信頼の定義の方が実用性が高そうです。それを引用すると、アドバイザーが身につけるべき信頼の構成要素には次のようなものがあると述べています。

  • 信憑性 (Credibility)
    • コンテンツの専門知識に加え、見え方、行動、反応に「存在感」がある
    • 知らないことは知らないという
  • 信頼性 (Reliability)
    • 頼りにすることができる
    • 言っていることとやっていることが一貫している
  • 親密さ (Intimacy)
    • 感情面で近さが感じられ、難しい問題を話す気になれる
  • 自己志向性の低さ (Self-Orientation) (逆方向)
    • クライアントのために働こうとするよりも、自分自身に対する関心が強いように思われる

確かに、抽象的ではあるもののプロフェッショナルが目指すべき信頼を的確に表現していますね。さらに、これを先ほどの定義と比べると、信憑性が「専門性」に、信頼性、親密さ、自己指向性は「人柄、動機付け」に対応づけられることが分かります。

ここから言えることは、全く文脈の違う2つの文献での信頼の捉え方に大きな差がなく、世の中での信頼概念は比較的安定したものであるということでしょう。信頼概念を、この2つの文献が指すものと捉えておいて、実用上困ることはなさそうです。

さて、先ほどの中谷内氏の本に戻って、もう一度信頼の構成要素を考えてみましょう。実は、この本では信頼の構成要素として、もう一つ「価値共有」を付け加えています。それまで犬猿の仲であった薩長が「倒幕して天皇主権の社会を作る」という価値を共有して共に行動した例を見ても分かるように、信頼の構成に欠かせません。

社会心理学では、この考えは「主要価値類似性モデル」と呼ばれるそうです。従来の信頼規定要因のモデルでは、信頼される側の相手の特定の特性(例えば、能力の高さや動機付けの強さ)への評価で信頼が決まると捉えられていたのに対し、主要価値類似性モデルでは、信頼する側とされる側の共通性、特に価値の共有によって決まると考えるわけです。

さて、市場で信頼を獲得しようとする我々にとっては、実用上これら3要素が信頼獲得にどれくらい影響するか、どれが一番効果的か、を知っておくことが重要になります。

これに対し、詳細は省きますが東日本大震災に関わった組織や個人に関する信頼度調査結果が次のことを示しています。

  • 信頼の低い組織の場合、信頼のレベルを決める要因として最も影響力の強いのは、価値共有認知であった
  • 一方、信頼の高い組織では価値共有認知の重要性は低下し、能力認知や動機付け信頼規定要因として認知が重要性を増していた

このことが意味するのは、我々が市場に出ようとするときはそもそもの信頼レベルは低いと考えられるので、価値共有認知に力を入れるべきだということでしょう。このことは、次の仮定的なアンケート調査の結果を考えればすぐに分かるでしょう。(この要素がマイスターの本には載っていないのは、マイスターの本がある程度の信頼関係が確立されたその先のことに関心を持って書かれているためだと言って良いと思います。)

アンケート質問は、「東電原発事故の放射線被曝の悪影響を調べるために、西日本のある大学の医学部で働いていた被曝医療専門家のA教授が調査を始めた」という書き出しで、A教授の行動を次のように設定しています。

  1. 自らの意思で福島に移り住んで医療活動を始めました。元の医学部を辞めて、福島県内の医療機関で働く道を選び、住民票も福島に移しての完全移住です。
  2. 周囲からの圧力により福島で医療活動を始めました。本人は移住を避けたかったのですが、関係者から強く要求されたため、しぶしぶ受け入れました。その結果、元の医学部を辞め、福島県内の医療機関で働くこととなり、住民票も福島に移して完全移住しました。
  3. 福島で医療活動を始めました。ただ、福島に移り住むことはせず、必要に応じて福島県内の医療研究機関に出張して業務を行い、それが終わると速やかに西日本の地元に戻っています。

誰が見ても分かるように、能力や人柄は同じなのに1番の信頼度が圧倒的に高くなっています。よく知らない人の信頼度評価には、価値共有があるかどうかが大きく影響するのです。そして、このことが次回説明する市場で仕事を得る方法に大きく影響するのです。