中小企業の価格戦略:価格理論をしっかり理解し、自信を持って大手の逆を行く
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顧客志向の価格設定とは、何をすれば良いのか?
前回の記事では、モノあまりの成熟時代では、高度成長期に無意識に行われていたコスト志向や競争志向の価格設定が通用しなくなってきており、顧客志向の価格設定に移行する必要があると述べました。
今日は、顧客志向の価格設定についてコンサルタントが知っておくべきことをまとめ、それらの知見が中小企業経営にどのような意味を持つのかを検討することにしましょう。
顧客が商品・サービスを買うのは、顧客がその商品。サービスに対し知覚した価値(金銭換算)が価格を上回るか等しい時です。たとえば、Aさんがある商品Pの価値を10,000円と知覚した場合には、Aさんは価格が10,000円以下であれば購入します。すなわち、AさんのPに対する最大購入価格は、10,000円です。
このような顧客の知覚価値が全ての顧客に対して計測できたとしましょう。その場合、図①-Aのような需要曲線(価格ごとに何人の人がPを買うか、Pが何個売れるか)が得られます。
この曲線では、価格が1,000円上がるごとに需要が20個減ります。すなわち価格弾力性(価格を変化させるとどれだけ販売量が変化するか)は、-0,02です。(ここでは、以下の議論を簡単にするために、需要曲線は線形であるとします。)
需要曲線が得られれば、企業にとっての最適価格が設定できます。ただし、ここで「最適」とは利益を最大化することであるとします。
Pの現在価格を10,000円、1個あたりの変動費を6,000円としましょう。その時の限界利益は、現在の販売量が100個ですから次式で得られます。
限界利益400,000円 = (10,000円 — 6,000円) × 100個
ここで、価格を10,500円、11,000円と変更すると、同様の計算で限界利益はそれぞれ、405,000円、400,000円となります。固定費はどのケースも同じですから、価格が10,500円の時に利益が最大となります。(図①-B)
すなわち、この企業は販売数量を少し減らしてでも、価格を500円値上げすべきなのです。これが、需要曲線が得られた時の、顧客志向の最適価格なのです。
顧客志向の価格設定とは、このように顧客の価格に対する反応を見て自社の価格を決めることを言いいます。
需要曲線はどう設定するのか?
ということで、残る問題は価格弾力性を測定し、それをもとに需要曲線を描く方法を理解することです。
価格弾力性の測定には、次のような方法があります。その中で一番確かな方法として認められているのはコンジョイント分析だということを覚えておいて、必要となれば専門家に相談するのが良いでしょう。
- 専門家の判断を聞く: 顧客に親しい人、対象製品の市場で十分な経験を積んでいる人などに次の質問をして、さらに「なぜか」、「次にどうなるか」などを質問して精度を高めていく。この方法はコストがかからない割には、それなりの情報が得られる。一方で、内部情報に依存していて、顧客の行動と整合する保証はないという制約がある
- 現実的な範囲でもっとも低い価格と、その時の販売量
- 現実的な範囲でもっとも高い価格と、その時の販売量
- 「中間価格」での期待販売量
- 顧客に直接聞く:特定の価格、価格変化、価格差に対してどう反応するかを直接聞く方法。シンプルだが、顧客が「価格」に目を向けすぎて、製品の特徴の評価が疎かになりがちなので、他の方法と併用してクロスチェックするのに用いると良い
- 顧客に間接的に聞く(コンジョイント法):顧客にトレードオフとなる一連の対(ある機能が優れているが価格も高いものと、価格が安いが機能も低いもの、など)を提示し選択させることにより、購買判断における機能や価格の優先度を測定する。パソコンの普及により回答者ごとに質問をカスタマイズできるようになり、有用性が向上している
- 価格のフィールド・テストをする:実際の陳列棚やオンライン・カタログの価格を変えて、販売量や市場シェアへの影響を調査する。顧客の反応を測定するのに非常に有益な方法であるが、製品が既に存在していなければならずコストもかかる。電子スキャンや電子商取引の普及により、実験が容易になってきている
このような作業を通して集めた情報をもとに、図①に示されたような需要曲線を推定していくのです。
中小企業にとっての価格弾力性の意味
さて、これまでの理論は中小企業にとって何を意味するのでしょうか?
需要曲線を理解すれば、ひたすら販売量を増やすという方法を追求しなくても、価格をうまく設定することにより利益を最大化できるということが分かりました。これは、資源に乏しい中小企業にとって朗報です。
一方で、価格弾力性の測定は大変です。その精密な測定にはコストがかかりますし、スキルも必要です。
したがって測定の前に、企業戦略にとって価格弾力性が何を意味するかを検討する視点が必要です。価格弾力性は大きい方が良いか、それとも小さい方が良いか、という検討です。
価格弾力性が大きいとき、価格を上げると急速に販売量が減少します。逆に、価格を下げると販売量は大幅に増えます。
この現象を戦略的に利用できるのは、生産能力に余裕がある大企業です。価格を思い切って下げ、拡大した需要を他社に先駆けて取り込んで利益を増大させることができるからです。
生産能力に余裕のない中小企業にとっては、この戦略を取るのは得策ではありません。逆に、価格弾力性が低い市場で、顧客や競合に気づかれることなく価格をじりじりと上げて利益を拡大させたいところです。
すなわち、中小企業が考えるべきことは、価格弾力性の測定以前に、自社の商品・サービスの価格弾力性をどう下げるかということです。
たとえば価格戦略論には、以下のような高い価格弾略性に繋がる傾向のある条件が示されています。中小企業が生き残るためには、このような条件を避け、自社商品・サービスの価格弾力性を低く保つる努力が重要です。
- 類似性や代替性が高く、差別化がほとんどされていない製品
- 価格の透明性が高い、価格の認知度が高い、価格が容易に比較可能
- 購入頻度が高い
- 危険性が低いと認識されている
- 顧客が製品知識がある、製品を客観的に判断する能力がある(工業製品)
- 意思決定者が自分自身で製品の代金を払う(他人ではなく)
- ブランドの認知度が低い、ブランド・ロイヤルティが低い
- 品質と販売方法が大衆向けである
- 絶対的な価格が高い
- 最終製品のトータル・コストに占めるそのアイテムのシェアが高い
- エンド・ユーザー市場でバイヤーとリセラーが競合している
- イメージと名声の重要度が低い
- 製品カテゴリー内でプロモーション活動が積極的に行われている
- 市場シェアが低い
要するに、価格弾力性を低くするためには、大衆向けでなく目立たない一見地味な商品・サービスで、特定の顧客にとっては差別化されておりブランド・イメージの高いものを手がけるべきだということが分かります。
中小企業は、価格戦略論の観点からもニッチ戦略を取るべきなのです。
顧客の支払い意欲の取り逃しを防ぐプライス・カスタマイゼーション
価格弾力性に対する戦略を定めたとしても、顧客ごとの価格に対する反応の違いは残ります。図②-Aに示すように最適価格を設定しても、逸失利益と取り残し利益の問題が残ります。
ここで逸失利益とは、価格をもう少し下げれば取り込めた販売で利益を増やせた分です。また、取り残し利益とは、もう少し価格を上げても購入してくれた顧客から取りはぐれた利益を指します。
これらの利益の取りこぼしを防止する方法が、顧客の感度別の価格を設定する方法(プライス・カスタマイゼーション)です。
その代表選手は、エアラインの座席の区別です。図②-Bのようにエコノミー・クラス、ビジネス・クラス、ファースト・クラスの座席を設ければ、図②-Aに比べて、取りこぼした部分(三角形の部分の面積)は大きく減ります。
ただし、このような利益向上が可能になるためには、価格差のある商品・サービスの間に「フェンス」を設けられることが条件となります。
フェンスとは、高い価格の商品を買うと想定した顧客が低い価格の商品を買うことを妨げる障壁となるものを指します。エアラインの場合、座席の快適さや食事の美味しさの差で、ビジネス・クラスの客がエコノミー・クラスに移りたがらない、というのがフェンスの例です。もしこの差が十分大きくなければ、顧客がビジネス・クラスの高い料金を払わなくなり、利益拡大策は失敗することになります。
フェンスの作り方には、エアラインの例のような商品・サービスのラインによるもの、利用可能性をコントロールするもの、購買者の特性を利用するもの、取引特性の差によるものなどがあります。
以下それぞれの例を見ていきましょう。(詳しくは、価格戦略論参照)
- 商品・サービスのラインアップによるもの
- 価格に敏感な顧客層向けに、自動車などでクルーズ・コントロールや電動ドアロックなどの機能を取り除いた廉価版を出す、などがこれに当たる。商品の機能と価格を対応させるだけではなく、商品を供給するタイミングと価格を対応づける方法もある。映画のロードショーでは価格が高く、数週間後の地方館では安い、などがこの例である
- 利用可能性によるコントロール
- クーポンによる方法:クーポンを切り取る手間を厭わない価格に敏感な顧客に割引価格を提供する
- ダイレクト・メール・カタログ:最初に送られた「標準価格」のカタログに反応しなかった顧客には、もっと安い金額の2度目のカタログを送る、など
- 地理的な価格づけ:日本より米国での価格を安くする、など
- 購買地による制限:ヨーロッパの外で帰るヨーロッパでの安い乗車パス(事前に綿密な計画を立てた旅行者だけが利用でき、その交通機関を日常的に利用している人には利用できないようにする)
- 購買特性による分類
- 年齢:子どもおよび高齢者割引
- 組織特性:エンド・ユーザー 対 小売業者
- ユーザー特性:新規購入者 対 既存顧客
- 支払い能力:大学の奨学金、など
- 取引特性による分類
- 利用時期での価格差:目的地での土日宿泊客への航空券の割引(ビジネス客と観光客の区別)、繁忙時(観光シーズンなど)のホテル料金引き上げ
- 購入時期での価格差:航空券の早期予約割引
- 購入量での価格差:ワインのケース売り、など(大量購入者は代替品を探す力があるので、商品の知覚価値が低い)
中小企業にとってのプライス・カスタマイゼーション
さて、このようなフェンスの例から、中小企業の経営者やコンサルタントは何を学ぶべきでしょうか?
一つは、プライス・カスタマイゼーションの目的には、価格を下げてより大きな需要を取り込むものが多いことです。価格弾性力のところでも述べた通り、これらは商品・サービス供給力が大きい大企業向きの施策です。中小企業は、安易にこれらの策に目を奪われるのではなく、中核事業に集中すべきです。
ただし、子ども割引などはターゲット顧客の大人を呼び込み総需要を増大させるので、中小企業も追求すべき施策です。
もう一つは、繁忙時の高価格設定のような上方へ向かうフェンスの設定方法を学習しておくことです。中小企業向けコンサルタントは、このような利益増大の常套手段を知っておいて、価格向上の機会を逃さないようクライアントにアドバイスできるようになっておくべきです。
ただし、価格フェンスには「公平性」の問題がついて回ります。異なる価格の存在に気づいた顧客が不公平だと感じないように、価格設定の合理性を伝えられるようにしておく必要があります。例えばピーク時価格についても、世間相場を超えないようにするなどの注意を払う必要があります。
まとめ
- 顧客志向の価格設定とは、顧客の需要曲線を把握し、それに基づいて利益最大化を図ることを指す。需要曲線が描ければ、販売量を下げてでも価格を上げて利益は増大させるなどのことが可能になる
- 顧客の価格弾性を把握する方法には、専門家に聞く、顧客に直接聞く、顧客に間接的に聞く、価格実験をする、などの方法がある。その中で、顧客に間接的に聞く方法の一つであるコンジョイント方が優れている。また、一つの方法に頼るのではなく、複数の方法を用いてクロスチェックするなどの工夫をすべきである
- 単一の価格設定の場合は、逸失利益や取り逃し利益など、本来獲得できる利益を失う危険がある。これを避けるためには、感度の異なる顧客に異なる価格を設定するプライス・カスタマイゼーションが有効である
- ただし、複数の価格の存在を検知した顧客が不公平感を抱かないよう、納得できるフェンスを設定する必要がある
- 以上の理論的事柄を理解した上で、中小企業は自らの体力に合った価格戦略を取るように心がけるべきである
- すなわち、中小企業にとっては、不必要に精密な需要曲線を測定しようとするより、価格弾性力を低くする商品・サービスを設計することの方が重要である
- 同様に、プライス・カスタマイゼーションについても、いたすらに価格の低い下方へ進出して利益の総額を増大させようとして体力を消耗させることは避けるべきである。それよりは、中核事業に集中するか、高い価格帯での商品提供を可能にするフェンス構築方法を学ぶべきである
- 価格理論は、価格を通して利益を向上させる方法について多くのことを教えてくれる。一方で、その多くは体力のある大手企業に向いたものである。中小企業を支援するコンサルタントは、このことを心得て適切なガイダンスができるように勉強しておくべきである
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