意思決定の質を向上させるために不可欠な選択肢の幅の拡大法


選択肢の幅が狭いと、みすみす成功するはずの機会も逃す

今から15年ほど前に、あるコンサルティング・プロジェクトで私が経験したことです。

クライアント企業の小さな部品事業部Aが、存亡の危機に陥っていました。最大手顧客N社からの受注がほとんどゼロとなったのです。

N社はサプライヤーを常時ランキングしています。そして、新製品用の部品が必要になると、その時のランキング上位5社のサプライヤーに、部品スペックを公示して試作競争をさせます。

上位5社は、スペックに合わせた試作結果をN社に報告します。そして、N社は試作結果が合格したサプライヤーの中で、スピードが速かった上位2社に機械的に部品製造を発注するという方法をとっていました。

事業部Aは、そのスピード競争に次から次へと負けたために、大幅受注減となったわけです。その状態をどう解決して良いかわからず、事業部Aのメンバーたちは、自分たちを”200X年茫然自失状態“と自嘲していました。

スピード競争に勝つためには、開発力の強化が必要です。しかし、潰れそうな事業部に会社が投資してくれるわけはありません。そのため、事業部Aは“茫然自失”となっていたのです。

しかし、スピード競争で負けているときに、考えるべきことはもう一つあり得ます。それは、開発能力以上の試作を手がけ「掛け持ち」をしていないか、ということです。

掛け持ちをすると、当然1件あたりの試作時間は長くなります。そのためにスピード競争に負けているのであれば、どうせ負けそうな試作を最初から捨てれば、競争に勝つ確率は向上します。実際、事業部Aは試作件数を3分の2に減らすことで、受注率を大幅に向上させることができました。

実はこのことについては、開発側は薄々気がついていましたが、営業の発言力が強く言い出せなかったのです。そのような力関係に頓着しない外部のコンサルタントが、試作件数削減を選択肢に入れることを強く主張し、受注率向上に貢献したのです。

この場合は、「開発力強化」という選択肢しか思い浮かばず、それが実行不能なために“茫然自失”していたわけです。

選択肢を狭めると企業の進路を誤るもう一つの例が、1980年代のCEOロジャー・スミスの戦略選択ミスによるGMの衰退です。(名経営者がなぜ失敗するのか

当時のGMの衰退の原因は2つありました。一つは、低価格で高品質な日本車が米国市場に定着したことです。そして、もう一つが、GMの労使関係の悪さです。

スミスは、2番目の問題を解決するために、自動化を図りました。大胆なロボット化など、生産設備に450億ドル以上の投資を行いました。この額は、トヨタと日産の両社を買収できるほどの金額でしたが、GMの生産性はかえって低下しました。

その理由を図で解説しましょう。

図の真ん中の部分は、原料が投入されてから製品になるまでの工程ごとにかかる時間を概念的に示したものです。工場の生産性は、原料を投入してから製品が作られるまでの時間で測ることができます。

このうち、斜線で示されている部分が、鋳造、切削、組み立てなどで、原料の形状が変わる部分、すなわち付加価値を生産している部分です。その他の白い部分は、移動、ライン移し替え、検査などの原料の形状が変化しない非付加価値生産部分です。

ロボット化が効果を生むのは斜線の付加価値生産部分で、スミスはこの部分の時間を短くすることに投資しました。ところが、生産技術が進歩した現代では、図が示すように白い部分の時間の方が圧倒的に長くなっています。

これでは、ロボット化を進めても、その効果は知れています。その上、ロボットの導入・保守・ティーチングなど、高学歴の間接部門の費用が結構かかります。

事業開始時に資本がなかったトヨタは、機械化に投資できませんでした。それが幸いして、(従業員の工夫によるカンバン方式の導入などによる)非付加価値生産の時間を短くすることが生産性向上に寄与することを発見しました。その結果、世界一の企業となったのです。

スミスは、労使関係の悪さに目を背け、「労働者との関係を改善し、労働者に投資して非付加価値生産時間を短くする」という選択肢を排除したために、大きな失敗をしたのです。

当時は、非付加価値生産の時間を削減することが生産性向上に寄与することは、広くは知られていませんでした。しかし、それが常識となった現在でも、いたずらに自動化を推進する経営者は数多くいます。

以上2つの例が示すように、無意識に選択肢の幅を狭め間違った選択肢を選択すると、その後いくら努力をしても全く成果につながらないということが起こるのです。

なぜ選択肢の幅が狭くなるのか?

選択肢は、意思決定のための原材料に相当するものです。考えていなかった選択肢を選ぶということはあり得ないのですから、目的達成に貢献できそうな選択肢を予め注意深く創出しておく必要があります。

ところが、残念なことに人は決定のための選択肢について真剣に考えることほとんどありません。目的を十分認識していると思い込んでいるため、どのような選択肢があるかを知っているつもりになっているのです。

その結果、次のようなことが起こります。

  1. 問題を「よくあること」として処理する
  • たとえば、市の昨年度の予算が学校に40%、福祉に20%などのように割り当てられているとすると、今年度も同じ割合あるいは少し変えた割合で振り分けようとするなどです。営業の売上目標を前年度実績の10%増とするのも同様です。現状に少し手を加えただけで意思決定したつもりになるのです。このような習慣に依存した思考の怠慢は、至る所で観察できます
  1. 最初に目の前に現れた選択肢を安直に選ぶ
  • 引越し先でかかりつけ医を選ぶ際に、隣人のかかりつけ医を選ぶなどが、このケースに相当します。冒頭の「開発力強化」も、開発部門でいつも真っ先に検討される施策なので、疑うことなくそれだけを選択肢に入れ、その結果膠着状態に陥った訳です。
  1. 第三者によって提供された選択肢の中から選ぶ
  • 特に問題を感じていないときにセールスマンから電話がかかってきて、急に心配になり、セールスマンのすすめに応じて何かを導入するなどです。営業の管理強化のためにCRMソフトを導入したが、本当はその前にソリューション営業の体制構築を先に行う必要があったなどの場合が、これに当てはまります。

このように、人間は深く考えずに選択肢を選ぶ傾向があります。その結果失敗することが多いということを知っておく必要があります。そのことを踏まえて、意思決定の選択肢は時間をかけて選ぶべきだ、ということを心得ておくべきなのです。

時間をかけて良い選択肢を作り出す方法

では、どのような注意をして選択肢を創出すれば良いのでしょうか?行動的意思決定論の先駆的書物である 意思決定アプローチ にいくつかの方法が示されています。それらを筆者の経験に合わせて編集し直したものを、いくつか紹介しておきます。

目的を「どのように」使えば良いのか自問する

決定は目的をもとにして行われます。したがって、その目的を良い選択肢を見つけ出すガイドとして活用することができるはずです。

たとえば、「どのようにして目的を達成するか」と自問してみます。そうすれば、最終目的を達成するためには中間目的の達成が必要であることを思い出し、中間目的を達成するための選択肢が抜けていることに気づく可能性があります。

例としてサプライチェーン改革で、顧客である量販店の需要を精度高く予測し、納期を遵守して商品を届け、なおかつ無駄な在庫を作らないようにしたい場合を考えてみましょう。

この時に重要となるのは、販社の量販店需要予測の精度向上です。しかし、これは簡単には達成できない目標です。

この時に、「どうしたら販社の需要予測精度向上を助けられるだろう?」と問うことはできます。そうすると、新たな選択肢が浮かび上がってきます。

販社にとっての最大の関心事は、量販店での品切れを避けることです。品切れを起こすと「出入り禁止」となり、ひいては契約を失う可能性があるからです。

ところが、生産には突発的事故がつきもので、納入計画通り販社にモノが届けられないことがあります。これが続くと、販社は安全策として需要予測を多めに提示するようになります。

こうなると、需要予測の精度を高めるどころではありません。ですから、販社の需要予測精度を高めるためには、その前に生産側の納入精度を高めることが不可欠です。

すなわち「生産の納入精度を高める」という選択肢を入れると、結果的に販社の協力が得られる可能性が高まるのです。

制約条件を考える

当然ですが、選択肢は制約条件を満たすものの中から創出されます。ですから、制約条件とされたものが、本当にその名にふさわしいか、だれかの単なる想定に過ぎないのではないか、などの見極めが重要です。

冒頭の事業部Aの例では、当初営業の発言力の強さを変えられない制約であると想定したために、「試作件数を減らす」という選択肢が除外され、その結果“茫然自失”となっていたのです。

大きな願望を持つ

慣習に惑わされず、良い選択肢を見つけ出す可能性を増やす方法の一つは、背伸びした目標を設定することです。これは、90年代のリエンジニアリングの中で発見されたことです。

不況の中で10-20%のコスト削減をしようとしても、大抵の対策は考え尽くされていて、大した効果は挙げられませんでした。その中で、大胆に50%以上のコスト削減をしようとした企業がいくつかありました。

そのような大きな目標は通常の手段では達成できません。そのことが、それまでの常識を超えたアウトソースなどの選択肢を生み、それらが成功したのです。

これと同じことが、別のケースでも成立します。保険代理店の事業承継の例で説明しましょう。

ある人が、経営者が高齢で店を畳もうとしている保険代理店の第三者承継を支援しようとしていました。他の代理店に顧客セットを買ってもらえばある程度まとまったお金が入るが、それをしないと顧客セットは保険会社のものとなり、対価は払ってもらえないからです。

この時に先輩がアドバイスしました。事業承継を考える前に、その保険代理店をもっと儲かるようにするという意欲的な選択肢を考えよ、というものです。

代理店経営者は何年も前から承継を考えているはずなので、経営状態を改善する時間は十分にあるはず、経営状態が良い代理店でないと所詮承継されない、というのがその理由でした。

このアドバイスに従い、経営状態の良い他の中小代理店の経営方法を調査してみたところ、その代理店の改善方法(新規顧客獲得方法)が見つかり、より高い価格での数年後の承継の目処がついたとのことでした。

当初の想定より大きな目標を設定した方が却って良い結果が得られる、ということがよく起こるのです。

経験から学ぶ

慣習に縛られ発想が固定することは避けなければなりませんが、歴史に学ぶ努力はすべきです。

ウォールマートの創設者サム・ウォルトンは、アーカーソン州ベントンヴィルで小さな雑貨店を経営していた頃に、良いアイデアを求めて他の店をしょっちゅう偵察していました。

風の便りで、ミネソタ州の雑貨店「ベン・フランクリン」の一部店舗で新しいレジの仕組みが取り入れられてことを聞くと、バスに乗って1000キロの旅をしました。

当時のレジはそれぞれの売り場ごとにあり、顧客は買い物ごとに支払いをしなければなりませんでしたが、その店では全ての買い物客が店の正面にある一箇所のレジに並んでいました。

ウォルトンは、レジの一元化モデルのメリット(レジ係が少なくてすみ人件費が削減できる、現金の取り扱いが減りミスや盗難が減る、買い物客の支払いが一回で済む)に気づき、早速自分の店にも取り入れました。

後年、彼は「自分のしてきたことの大半は、誰かの真似だ」と語っています。このようにして、彼は巨大チェーンを作り上げたのです。(決定力

別の例としては、ある弱小メーカーが特殊なカメラを販売したが量販店で全く売れなかった時の対処事例があります。

本部は、この製品の販売をやめようとしましたが、ある若手社員が少数ながら売れている事例を調べ始めたのです。

そうすると、物流センターの監視カメラとして使われている、塾の遠隔教育システムに使われているなどの例が見つかりました。いずれも、暗闇での感度が良い、設定が簡単などの特長を、利用者の方が自ら発見し使いこなしていたのです。

このような成功事例から商品の用途を見出し、マス・マーケット向けではなく用途別のチャネルで売れば売上が大幅に向上することがわかったのです。

いずれのケースも、どこかでうまくいっている事例を見つけ、それを参考にして選択肢を創出することの重要性を示しています。

第三者に意見を求める

選択肢の創出にあたっては、問題に対するこだわりや感情的な壁がなく、その問題を新鮮な目で捉えることのできる第三者の意見を求めることも有効です。また、専門家の意見も参考にすべきでしょう。

たとえば、冒頭の試作件数を減らすというアイデアは、常識的には正しそうですが、実行には度胸が要ります。この件では、この選択肢を取り入れる前に文献調査を行いました。

ハーバード・ビジネス・スクールの学長を務めたキム・クラークたちが製品開発について書いた Revolutionizing Product Development: Quantum Leaps in Speed, Efficiency, and Quality という本に、「世界中の研究開発部門の90%以上が、開発プロジェクトの詰め込みすぎをやっており、開発費を無駄に使っている」と書いてあったのです。この知見に自信を得て、「試作件数を減らす」という選択肢を加えたのです。

まとめ

  • 意思決定の失敗の原因には、選択肢の幅が狭いことによるものも数多い。考えていなかった選択肢を選ぶということはあり得ないので、質の良い選択肢の集合を用意しておくことが重要である
  • にも関わらず、人は選択肢の選び方に充分な注意を払わない傾向がある。目的を充分に認識しており、どのような選択肢があるかを知っているつもりになっているからである
  • とくに、次のような失敗をしがちである
    • 問題を「よくあること」として処理する
    • 最初に目の前に現れた選択肢を安直に選ぶ
    • 第三者によって提供された選択肢の中から選ぶ
  • 意思決定にあたっては、このような人間の傾向を理解し、充分に時間をかけて選択肢を作り出すことの重要性を認識しておくべきである
  • 良い選択肢を作り出す方法として経験的に知られているものとして次のようなものがあるので、それらの活用を試みるべきである
    • 目的を「どのように」使えば良いのか自問する
    • 制約条件を考える
    • 大きな願望を持つ
    • 経験から学ぶ
    • 第三者に意見を求める