そもそも異文化のクライアントを頷かせるレポート・ライティングの基本:意見と論証の違いを心得る


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一生懸命書いたレポートなのに、クライアントが首を傾げるのは?

先週書いたようなレポート・ライティングの構造を勉強して一生懸命コンサルティング・レポートを書いたとしましょう。それなのに、クライアントが首を傾げていて納得した様子を見せないとしたら、それはなぜなのでしょう?

その一つの原因で日本人が陥りがちなのが、事実と意見の混同です。これを理解するために、次の文を読んでみてください。

「今回の住民投票は、賛成が69万4844票、反対が70万5585票。反対派の圧勝に終わった。」

どういう感想を持ちますか?ざっと読めば、「ああ、反対派が圧勝したんだな」と思うかもしれません。でも、コンサルティング・レポートを読む時のように注意して読むと、どうなるでしょうか?

賛成派と反対派の得票の差は、わずか10,741票で、総得票数の1%以下です。これで圧勝というのは、ミスリード(誤り導く)目的で文章を書いているとしか思えません。

このような文を書く人を、あなたは信用できるでしょうか?できませんよね!

でも文法的には、この文章には何も間違いはありません。この文が変なのは、前半は事実に対し、後半は意見であることです。前半の事実が後半の意見を支持していないから問題なのです。

このような文を書くと、読み手に「この書き手は事実と意見を混同している」、あるいは「この書き手は意見を事実のように書いている」と思われて、書き手として信用をなくす恐れがあるのです。

クライアントがレポートに首を傾げるのは、レポート中にこの例ほど極端ではなくても事実に裏打ちされない意見が潜んでいて、レポートの論証が納得できないことが原因なのです。

「何を馬鹿な、自分はそんな間違いはしない!」と思われるかもしれませんが、実はこの事は多発しています。

筆者はビジネススクールで教えているのですが、そこに来る学生が社会的経験豊富なのに、論証がおかしいことがしばしば起こります。論証がきちんとできないと修士論文の出来が悲惨になるので原因を確かめてみると、かなりの確率でこの意見と事実の混同があります。

一つの会社でキャリアの大部分を過ごし、付き合いの長い同僚と膨大な暗黙知と組織文化を共有していると、思いついた意見を述べることで会話が成立してしまいます。このことに慣れてしまうと、いつの間にか意見を述べているのに事実を述べているかのように錯覚してしまうのです。

この錯覚から抜け出せないと、異文化にいるクライアントに首を傾げられます。

このようなことを避けるためには、事実と意見をしっかりと区別し、意見を述べる時には事実の裏付けを得る習慣を身につける必要があります。では、どうすればそれができるでしょうか?

日本人は事実と意見の区別を訓練されていないことを認識する

そのために、まず事実と意見を区別する方法の基礎から学びましょう。

1981年に発売され、2016年3月に81刷目が増刷され累計100万部を突破した「木下是雄著『理科系の作文技術』(中公新書)」という本があります。理系向けと題されていますが、内容は理系に限ったもののでなくビジネスにも広く応用できるので、論文の書き方の本としては異例のベストセラーとなっています。

その木下氏が1994年に文科系大学生の研究レポートの書き方として「レポートの組み立て方」という本を出し、これまた非常に評判が高い本となっています。

この本の第1章のタイトルは「レポートの役割」となっていて、そこで概論が述べられています。しかし、注目すべきは第2章のタイトルが、いきなり「事実と意見の区別」となっていることです。

なぜ、木下先生は、最初にこのようなことを注意したのでしょうか?

それは、日本人のものの考え方に特有の問題があるからです。先ほどの社会人大学院生のように、「意見」を「事実」と混同するということです。

しかし、これではクライアントとの異文化コミュニケーションが必須のコンサルタントとして活動できません。このことを理解するために、まず事実と意見の区別とはどういうことか、その区別ができないと何が問題かを説明していきましょう。

木下先生の本の第2章は、アメリカの4年生用の国語の教科書の次の引用から始まります。

“「ハワハニの新しい学校」という本を読んで考えてください。次に書いてあるのはどれが事実でどれが意見でしょうか?

  1. 私たちアメリカ人は他の国の人より機敏です
  2. このお話によると、ジョゼフは小屋に住んでいました
  3. 私たちが読んだのは素晴らしいお話でした
  4. この島の土着民は争いを好まぬおとなしい人たちでした
  5. 彼らの国のことばはおかしなことばです“

皆さんは、問1, 3, 5は迷わずに「意見」だと答えられるでしょう。問2は、そのお話を見てそう書いてあれば、「事実」だということになります。

では、問4はどうでしょうか?この本に書かれていることから「おとなしい人たちだ」を事実として結論するには、何らかの事実についての基準がいることがわかります。

そして、この教科書のページの脇には次のように書かれているそうです。

“事実とは証拠を挙げて裏付けすることができるものである。意見というのは何事かについてある人が判断するものである。ほかの人はその判断に同意するかも知れないし、同意しないかも知れない”

アメリカ人は小学生の時から、このような事実と意見を区別する訓練を受けてきています。一方で、日本にはこのような区別を意識化できない社会人大学院生が大勢いるのです。

まず、このことを素直に認めて事実と意見の違いについて勉強しようとすることが、説得力のある論証をするためのスタート・ポイントです。

事実と意見の区別ができないと、浅くて実行できない解決策を提案する

さて、先週のレポート・ライティングの構造の記事の最初で、論文(レポート)とは問いに対する主張があり、その主張を裏付ける論証があるもの、だと書きました。

論証とは、何らかの前提から筋道立てて結論(論文の主張)を導き出す手続きのことです。ここで筋道とは、A → B → C のような流れで、Aが成立すればBが成立する、Bが成立すればCが成立するなどのことが納得できるものを指します。

この筋道が納得できて、Aが成立することが裏づけられれば、結論Cも成立するということになります。

したがって、論証の出発点はAのように、誰が見てもそれが成立するかを確認できるものでなければなりません。すなわち、論証の出発点は「何かが事実であるとする記述」です。

論証する者が事実であると主張するものを、論文(レポート)の評価者が納得できれば、その後の論証の流れが納得できるかを追いかけます。事実でないと評価されれば、論文(レポート)の評価はそこで終わりで、主張は退けられます。

ですから、事実と意見の区別がついていないと、そもそも論文(レポート)をスタートとさせることができません。また、事実に裏付けられた論証の流れでなければ、結論となる主張は受け入れられません。

ここで、何が事実として認められるのかが問題になります。コンサルティングのレポートであれば、レポートの評価者はクライアントなので、クライアントがその真偽を判定できるものが、事実ということになります。

この基準が守れないと何が起こるかを、例で見ていきましょう。

ある人(Pさん)が自分の経験から、次のように言ったとしましょう。

「プロフェッショナル人材が定着しないため売上が向上せずに悩んでいた子会社があった。社員が辞めていく理由は、親会社から課せられる過酷な労働環境に閉塞感を感じ、自分の存在価値や将来像が見えなくなっていることだった、これを解決するために親会社の同意のもと子会社のビジョン作成などを行なったら、定着率が向上した。この経験を生かして、内発的動機づけにより社員の定着率を向上させるというコンサルティングをやっていきたい。」

ここでの問題は、社員が辞めていく原因とされている「親会社から課せられる過酷な労働環境に閉塞感を感じ、自分の存在価値や将来像が見えなくなっている」が「意見」だということです。

たとえば、閉塞感というのはそれぞれの人の感覚なので、人によっては閉塞案を感じていないかもしれません。ですから、Pさんが「社員が閉塞感を感じている」と言う根拠となる事実を示すべきです。

そうでなければ、クライアントはPさんが何をしてくれるのかを理解できないので、ビジネスを獲得できないでしょう。

そこでAさんに、閉塞感などを引き起こしている原因となる事実を探り、因果関係を明らかにするように求めました。因果関係をたどり問題を引き起こしている根本原因を明らかにすれば、根本原因をつぶす解決策を適用することで、問題を解決できるからです。

そうすると、Pさんは図①のような因果関係と解決策を提出して来ました。

図①のⅰとⅱは、「焼畑農業」などの表現方法はともかく、さらに調べれば真偽は確認できるので「事実の記述」であると認めて良いでしょう。しかし、ⅲとivはどうでしょうか?

「会社視点になっている」、「事業化できていない」は、何を根拠にそう言っているかがわかりません。これらは意見と見做さざるを得ませんが、Pさんがそのことに気づけないことが問題なのです。

自分が事実ではなく意見を述べていることに気づけないと、因果関係を辿って導き出した解決策も必然的に意見となります。一方で、コンサルタントが示す解決策とは、困った事実を別の何かに変えることにより問題が発生しないようにするもので、かつ異文化にいるクライアントがその内容を誤解なく理解できるもののはずです。

Pさんが、意見の連鎖で引き出した解決策と称される、「本音を聞き出す場を定期的に設け、社員の志向性強化と動機づけを図る」は、解決策としての条件を満たさず、次のような別の問題が生じてしまうのです。

  • どう実行すれば良いかわからない
  • 人によって取る対策が変わる
  • 事情を承知していない新たな管理者が来れば、反故にされる

事実と意見の区別がつかない人は、解決策ではなく新たな課題を指摘しただけなのに、それで解決策を提示したと思い込んでしまうのです。

問題の現状分析で、意見を論証に直す方法

一般には、事実と意見の区別を理解したとしても、単なる意見の列を論証に直すことはそれほど簡単なことではありません。当人が意識して修練を積むしか、直す方法はありません。

しかし、コンサルタントが携わる問題解決に限定すれば、現状分析(因果関係分析)を正しく実行できれば論証の大部分が完成するので、意見を論証に直す方法があります。

読み手が同意する因果関係を作るためのチェックリスト

因果関係の中で意見を言っていることに気づき、それを事実に直すためにためには、論理思考プロセスという本に載っている次の「論理に同意できるためのチェックリスト」を利用すれば良いのです。(本文にはPさんの事例の検証のために必要な部分のみ記載し。あとの部分は付録に記載します。)

A. 意味の明瞭性が確保されているか

  • 単語の意味が読み手に誤解なく伝わるか
  • われわれが日常何げなく使っている単語でも、その理解は人それぞれのこともある。特にわれわれが日常よく使う言葉には注意が必要。例えば「標準化」や「○○管理」など、日常よく使われており聞き慣れているために、何の疑いも持たないが、いざ説明すると人によってまちまちであったりする
  • 表現の中で使われている単語の意味に関して、解釈の違いの恐れのあるものに対して、その具体的な意味を明確にする必要がある。言葉の具体的な意味を共通理解できない場合には、共通理解できる言葉に変える

B. 実体(事実)が存在するか

  • 完全な文(主語+述語)になっているか: 1文中に2つの意味が入っていたり、複合文になっていたりしないか 1文中に「○○なので△△になる」というような因果関係が表現されていたり、2つ以上の出来事が表現されている場合は、1つ1つの文に分ける
  • 現実に存在しているか: それぞれの文は、事実・実態を表すべき。すなわち、証明もしくは確認できることが必要。言葉の背景には、「意見」「感情」があり、私たちは、事実そのものではなく、事実を基にした自分の判断を入れて表現しがち。例えば、「~多い」「~少ない」などの表現は、何かと比較した結果の「良い」「悪い」という類の判断を示しており、現実に存在するものではない。このような現実に存在しないものは、読み手との間での共通理解が得られなくなるので取り除く

C. 因果関係が存在するか

  • その原因は、実際にその結果を引き起こすか。原因が起ると、結果は必ず起こるか。「もし○○(原因)が起こると、そのときは○○(結果)が必ず起こる」と声を出して読み合わせをして、筋が通っているかどうか検討すべき
  • その原因は直接的にその結果を引き起こすか。原因と結果の中間の因果が見落とされていないか

Pさんの因果関係へのチェックリストの適用結果

これらのチェック・リストを図①に適用してみましょう。

まず、図①の左側の因果関係を修正していくと、次の手順で図②が得られます

  • ア)の複合文はいずれも因果関係を表しているので、Bを適用してそれらを分解して単文にすると、イ)が得られる
  • イ)における「キャリアシートによる面談の場しかない」と「シートを介してでは本人の意思や希望が伝わりにくい」は、Cに従うと直接の因果関係にはないので、それを修正するとウ)が得られる

ここで、「本人の意思や希望が伝わりにくい」、「会社視点」という言葉は、書き手の判断・意見です。このままでは読み手に理解できないので、Aの明確性の基準を満たしません。

これらの言葉が意味することを理解するのは、問題の背景にまで踏み込む必要があります。このケースをもう少し分析してみると、ゼネラリスト志向の親会社が特定技能を持つスペシャリスト集団の子会社を作ったため、次のようなキャリア育成の思想の齟齬をきたしていることがわかりました。

  • 子会社の社員はスペシャリストとしてのキャリア形成のチャンスを求めている
  • 親会社のキャリア・シートはゼネラリストの育成しか考慮していない

この理解があれば、因果関係を次のように修正できます。

  • ウ)にAの明確性の基準を適用し、書き手の判断ではなく読み手が理解できる事実に変えるとエ)が得られる

すなわち、「論理に同意できるためのチェックリスト」を適用すると、図②のア)をエ)に書き換えられるのです。そして、この因果関係であれば、「親会社のゼネラリスト志向」は根拠を示すことができる事実であり、それをつぶすスペシャリスト制度などの実行可能な解決策を示すことができることがわかります。

同様に、図①の右側の因果関係を修正すると、次の図③のようになります。

これら2つの因果関係を併せて考えれば、問題の根本原因は子会社の位置付けが次のように曖昧なものであったことにあることがわかります。

  • 新たな顧客ニーズに対応するために、スペシャリスト集団の子会社を作った
  • しかし、ゼネラリスト志向の親会社の基準で子会社のスペシャリストの人事評価や人材育成を行った
  • ゼネラリスト志向の親会社が営業し、子会社はそれを請ける構造なので、子会社のスペシャリストの能力に合った仕事をとってくる保証はない

この判明事項をもとにすれば、図④のような具体的な解決策の発見に繋げられます。

参考のために、この問題の因果関係分析の全体図を図⑤に挙げておきます。

意見と論証の違いが生む解決策の本質的な差

本当に効果を上げる解決策を導く基本は、「変革点」を理解すること で述べたように、解決策の目的は「クライアントの問題となっている現状(事実)を別のより良い状態に変えること」です。このために、解決策は現状の困りごとを引き起こしている根本原因(事実)を別のものに変化させます。

つまり、解決策は徹底した事実の分析からのみ導かれるものなのです。意見に基づいた「解決策」は、意見のものとなった事実にまで遡ることができなければ、決して実行できません、

解決策のもう一つの条件は、クライアントがその内容を誤解なく理解できることです。コンサルタントと異文化にいるクライアントが提案された解決策を理解できるのは、それが意見ではなく事実に基づいた場合だけです。

日本人は、この異文化コミュニケーションが不得意です。異文化をベースとしたアメリカとは違い、学校教育でも、事実と意見の区別を教育しません。

村社会で共有された知識や文化を前提とし、相手が「察する」ことを期待した会話をしがちです。これを繰り返していると、いつの間にか事実を述べるべきとろで意見を言い、そのことに気がつかなくなります。

その結果、「本音を聞き出す場を定期的に設け、社員の志向性強化と動機づけを図る」、「ビジネスモデル開発部門を発足させ、自社オリジナルのサービス商品を作る」などの意見(新たな課題の提示)を解決策と思い込んでしまいます。

事実ではなく意見だけを述べたために、スペシャリストとゼネラリストの間で齟齬をきたしているという根本原因が表面化せず、間違った浅い解決策が導出されてしまいます。

これを防ぐ唯一の手立ては、自分が意見を述べていることに気がつくことです。自分が意見を述べていることに気づければ、その意見を抱くに至った根拠の事実を探し、それを繋げた因果関係を作ることで、図④のような具体的な解決策の発見に繋げることができるはずなのです。

コンサルタントなら、日本人は事実と意見を混同する傾向が強いと言うことを肝に銘じておきましょう。

まとめ

  • 一生懸命コンサルティング・レポートを書いたにも拘らずクライアントに首を傾げられるのは、レポートの中身が論証ではなく意見になっており、クラアントが結論に至る筋道が理解できないからであることが多い
  • 日本人は、アメリカの国語教育に存在する事実と意見を区別する訓練を受けていない。また、共通文化を前提とした会話をしがちである。その結果、事実と意見を混同する傾向が強い
  • 事実に基づく論証ではなく意見をもとに問題の解決策を導出すると、クライアントが導出の筋道を理解できない。さらには、何を変えるのかが不明、すなわち問題が解決することが保証されない間違ったことを解決策として提案する可能性が高い
  • 問題の現状分析(因果関係分析)には、意見を論証に直すための支援ツール「論理に同意できるためのチェックリスト」が存在する
  • コンサルタントは事実と意見の混同を避け、支援ツールの利用などを通して、論理的に筋道が通った分析ができるように訓練をしておくべきである

付録:「論理に同意できるためのチェックリスト」の残りの部分

D. 原因は不十分ではないか

  • 結果を引き起こすために必要な、ほかの原因がないかを検討する。火を付けるには原因として、着火源と燃料だけで大丈夫か?とチェックする。この場合、 酸素が火を付けるために着火源と燃料と同時に存在しなければならないのに抜けている
  • 次のような質問で抜けている原因を探し出す: その原因だけでその結果を引き起こせるか、その結果を引き起こすのにほかの原因も必要ではないか、原因の1つを取り除いても依然としてその結果が生じないか

E. 別の原因が存在しないか

  • 他の独立の原因で同じ結果を引き起こすものがないか検討する。例えば、お金が増えるための要因として、支出が減る、収入が増える、宝くじに当たるなどの要因があり、それぞれが単独に「お金が増える」ことの原因となる
  • その原因を取り除けば、その結果は絶対に起きないかと質問する

F. 原因と結果の逆転

  • 原因と結果の関係が逆になっていないか: 基本的には時間軸で整理すれば、原因は結果よりも先行している必要がある。そのことに着目して検討することが有効
  • 原因として挙げたものは何かの兆候ではないか、何か他のものがその原因を引き起こしているのではないか、と問う

G. 予想される結果が存在するか

  • 原因とされたものが無形であるときに、その発生を確認する一つ方法
  • その原因から必ず複数の結果が生じる場合、その原因から必ず発生するほかの結果は発生していないかと問う

H. 循環論理

  • これは因果関係が循環して、どちらが原因でどちらが結果かが不明瞭になってしまう状況
  • 原因の正当化に結果が使われていないか