リアルオプション理論の常識に学べば販管費比率を低減できる
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日本企業の売上高営業利益率の低さの問題
少し古いデータですが、日本企業の売上高営業利益率は、米国企業と比べて製造業及び非製造業とも約6%低いということがわかっています。(大津広一、「企業価値を創造する会計指標入門」参照)
よく知られているように、外資系の企業の給料は結構高いです。その高い給料を支払った後でもこれだけの差が出ているということは、決して無視して良いことではありません。
一方で、日本企業はカイゼン活動などで製品・サービスの原価を下げる能力には定評があります。流通業でも、仕入原価はシビアに値下げ要求をします。
これらのことが意味するのは、日本企業に次の2つの課題があるということです。
- 付加価値を上げ単価の高い製品・サービスを開発することが苦手である
- 販管費の使い方に無駄がある
実は、1は2のサブセットなので、日本企業は米国企業に比べて、販管費の使い方が上手くないと言うことになります。
したがって、日本のビジネス・コンサルタントにとっては、販管費効率の向上は避けては通れない課題となります。
2大販管費(研究開発費と営業費)の無駄の原因はリスク(不確実性)管理の不在
ここで、販管費(販売費び一般管理費)とは、個別の製品やサービスの提供に紐づけることが難しい経費ですが、その中で売上高に貢献できるのは研究開発費と営業費です。ですから、今日はこれらの費用の有効活用について考えてみることにします。(以下では、営業についてはそれが複雑なB2B企業を想定することにします。)
開発や営業には不確定性が付き物です。顧客の反応を予測することが難しく、担当者の創意工夫に頼るところが大きいとされており、多くの企業で販管費の管理がブラックボックス化しています。
でも、本当にそれで良いのでしょうか?開発や営業で明らかな無駄が存在していることに気づいていて、何とかならないものかと思っている人も数多いですよね?
たとえば、研究開発費に関しては、次のような無駄が起こっていることが知られています。
- もうかる見込みが薄いプロジェクトを停止させられない
- プロジェクト初期の品質の作り込みが不十分で、後期にコストの大きい手戻りが生じる
- プロジェクトの詰め込みすぎで、どのプロジェクトも期日どおりに市場に出せず、見込んだ通りの売り上げをあげられない
- 部門間のバケツリレーで、問題が先送りされコストがかさむ
- 意思決定に時間がかかりプロジェクトの進行が遅い、製品仕様が安定しない
また、営業に関しては次のような問題が指摘されています。
- 目先の契約に注力しすぎ、次の案件への取り組みが遅れる。そのため、売上高が変動する(ジェット・コースター現象が発生する)
- 営業の各段階で起こる取りこぼしが掛け算で蓄積する(段階を進むたびに生き残る案件が急激に減少する)という確率的現象を理解しない。その結果、案件の仕込みが不足する
- リターンの小さい案件に希少なリソースを費やし、大きな案件を逃す
- 担当者の不得意な案件があると、それらが放置される
- 後の方で案件の見込みがないことが判明したが、よく考えてみると当初からそのことは検知できたはずであった
このような無駄が生じるのはなぜでしょうか?
その原因の大きな部分は、開発や営業は、外部を相手とするため本質的に不確定性が伴うということです。ここが、生産や物流などの社内オペレーションとは異なります。
研究開発やB2B企業の営業での悩みは、顧客の嗜好が予測できず結果が保障されない時点でそれなりの投資(掛け金)を迫られ、そこにリスク(不確実性)が発生することです。このリスクを管理する仕組みができていない時に、上記のような問題が起こるのです。
この悩みに対処するために、リスク管理の世界では次のルールに従うことが常識になっています。(この考えに従った方が投資収益率が高くなることは、リアル・オプションの理論などでも証明されています。)
- 不確実性が高ければ、掛け金を下げよ
- 不確実性が下がれば、掛け金をあげても良い
この常識に従えば、無駄を削減する方法は見つかるはずなのです。
必要なリスク管理: 段階的投資アプローチ
上記のルールから分かるのは、開発や営業プロジェクトを段階的に進めれば良いということです。
つまり、最初は少しだけ投資して作業を進めます。そして、プロジェクトが進み不確実性が下がるたびに、少しずつ投資を増やしてくのです。この過程で、不確実性が下がらなかったら、投資に見合わないとして賭けをやめるのです。
この作業を適確に実行するためには、プロジェクを実行するチームとプロジェクト進行の可否を判断するチームを分けることが必要です。そうでないと、全体最適の観点からの冷静な投資判断ができなくなるからです。
より具体的に言うと、図①のようにプロジェクト全体を見渡して投資の可否を判断するポートフォリオ管理チームと個々のプロジェクトを実行するチームを分けて編成します。
各プロジェクトの実行は、図のように幾つかの段階に分け、各段階の終わりにチェックポイントを設けます。各チェックポイントには、その段階にあった不確実性の減少方法が指示されています。
そして、チェックポイントで十分に不確実性が下がったとみなされた時には、次の段階に進むことが許され、追加の投資がなされるというわけです。
このようにすれば、上述のリスク管理ルールA、Bを仕組みで守ることができるのです。
全体最適のためにはプロセスを標準化する
図①は、段階的投資によりリスクを低減し、開発費や営業費の使用効率を高める方法を示しています。
しかし、この方法が本当に有益なものであるためには、全体最適が実現できなければなりません。すなわち、投資する資源が限られている時にプロジェクトAとプロジェクトBのどちらを優先するかの判断ができる必要があります。
そのためには、複数のプロジェクトのリスクと効果の比較ができる必要があります。これを可能にするためには、たとえば図②に示すようなプロセスの標準化が必要です。どのプロジェクトも同じ仕事のやり方をすることにより、結果の比較を可能とするのです。
具体的な比較を可能とするために、たとえば図②製品開発プロセスの構想DCPでは、より詳細には次のようなことを明らかにすることが求められています。
- 狙った市場セグメントと新製品の位置付けが明確にされているか
- 狙った市場セグメントで強い競争力を持っているか
- 各地域の市場セグメントで最適な販売チャネルがあるか
- 十分な収益をもたらす提案書になっているか
- リスクに耐えられる製品開発計画になっているか
ここで、構想の段階で販売チャネルの有無まで問うていることに注意してください。当初から、技術的に優れているだけでなくビジネスとして成功するかを考慮すべきことを、プロジェクト・チームに徹底していることがわかります。
また、図②では構想DCPのところで幅が狭くなっていますが、これは構想DCPのチェックが厳しく、相当数のプロジェクトが振るい落とされることを示しています。
様々な調査の結果、開始された製品開発プロジェクト7件のうちで無事市場に出たものは大体1件であることがわかっています。製品開発プロジェクトは、それほど不確定性が高いのです。
それがわかっているので、構想DCPのところで厳しくビジネスとしての成立性を問い、それが低いものは早期に淘汰し開発費の使用効率を上げようとしているのです。
このように、開発や営業プロセスの各段階で何をすべきかが統一され、チェックポイントで何を提示すべきかが共通理解されているようにすべきなのです。それができて初めて、上述の研究開発費や営業費の無駄の問題が解決できるのです。
まとめ
- 日本企業の売上高営業利益率は、米国企業のそれと比べて数ポイント低い。その原因の一つは、販管費(特に研究開発費及び営業費)の管理のまずさにあるので、コンサルタントはこの対応策を身につけておく必要がある
- 研究開発費や営業費の使用に無駄が生じる根本原因は、市場や顧客の反応が完全には把握しきれないことにある。これに対処するには、リスク管理を仕組み化する必要がある
- リスク管理の要諦は、掛け金を徐々に積み、引き合わなくなったら早々に賭けから降りることにある。すなわち、研究開発や複雑な営業のプロセスは、段階的な投資プロセスとすべきである
- 以上のことから、販管費の使用効率を向上させるためには、次のことが実現される必要がある
- 段階的な投資プロセスの整備
- 各投資プロジェクトに専念するプロジェクト・チームとプロジェクトの進行具合を判断し投資判断をするポートフォリオ管理チームの分離
- 複数プロジェクトを比較し全体最適を実現できるようにするための、プロセスとチェックポイントでの判断基準の標準化
[…] ステージ・ゲート法 […]
[…] つながらない開発プロジェクトを早期発見し、より費用のかかる開発後期への投資をストップする。その費用を他の成功確率の高いプロジェクトに回す(ステージ・ゲート法を適用する) […]
[…] につながらない開発プロジェクトを早期発見し、より費用のかかる開発後期への投資をストップする。その費用を他の成功確率の高いプロジェクトに回す(段階的投資でリスク管理する) […]
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