自己変革スキル(その2:コンサルティングへの社内転職)


Last Updated on 2021年8月21日 by 時代遅れコンサルタント

前回述べた自己変革スキルを、後付けで自分のキャリアに適用してみた説明の第1回(全2回)です。
42歳の時点では、私は外資系の基礎研究所の上位管理職(部長職)をしていました。33歳で転職した時は一生現場の研究職のつもりでしたが、当時の目標であったアメリカ勤務と博士号取得が会社の支援で達成でき、そのお礼奉公という意味で管理職を引き受けました。
ところが、この仕事が退屈です。やはり現場の仕事が性に合っていると痛感したのですが、研究所内にはそのような仕事はありません。そこで、1年半ほど開発部門に出た後、当時会社が進出した新設のコンサルティング部門に異動しました。当時、見た目は出世コースに乗っていたので、いろいろな人から「そんな失敗するかもしれない所には行くな、俺のところに来い、営業副本部長にしてやるから」などと反対された中での、45歳での全くの異分野への社内転職でした。
その時の主たる動機は、「給料が下がらないままで、現場で働き続けたい」でしたが、ちきりんの本が言う2のグローバリゼーションのことも、かなり強く意識にありました。
83年に外資系の新設の基礎研究所に転職したときは、日本はまだまだ上り坂で投資の対象でした。しかし、45歳の時点ではバブルがはじけ様相が変化していました。次第に日本への投資は減ってきていたことを感じていました。
その時に社内のどこに身を置くのが長期的キャリア形成に有効かは、大きな問題となります。所属する会社は外資系に多いマトリクス構造で運営されていました。商品・サービスをグローバルで開発し販売する投資責任を持つ事業部と、各事業部の商品・サービスを各国で売る販売部門の2軸のマトリクスです。
基礎研究所はコスト部門ではありますが、事業部的なグローバル管理が強い部門です。コンサルティング部門は、それ自体は事業部なのですが、ローカルなお客様とのコミュニケーションが非常に重要なので、各国の営業部門と似た性格を持ちます。どちらに属するかで、グローバル志向の理詰めのスキルを伸ばすキャリアを求めるのか、ローカル志向で顧客関係配慮のスキルを伸ばすのかを選ぶことになる訳です。
実は35歳の時に、研究所の最初の上司のハンガリー人がテキサス州オースチンに新しくできた研究所に転職し、そこに来るように誘われました。1ドル260円の時代だったので、円換算での給料は倍になり、アメリカに行けるし、非常に魅力的なオファーでした。ところが折悪しく義母が輸血結果のC型肝炎が原因で癌になりました。家内は母一人子一人だったので、病気の義母一人を残していくわけにもいかず、断念したという事情がありました。
人生こんなものだと、そこまでがっかりはしませんでしたが、とことん目標を追いかけるというよりは、どこか醒めた気持ちになったことも事実です。
そのことと、一旦管理職として研究者からは引退したので復帰にはリハビリが必要、台頭しつつある数多くの優秀なインド人などと世界で一生競争し続けるのはしんどいな、という気持ちから、研究所出身という変わったバックグラウンドで、今までやったことがない顧客密着商売をやってみるのも面白いかなと考え、まだ日本が投資対象のコンサルティングへの異動を決心しました。問題解決者という一番大きな部分でのアイデンティティは変わらないというのも、転身を後押ししました。
その後、インドのバンガロールや北京に基礎研究所を設立し、インドのサービス要員を10万人単位で養成するなどの会社の動きを見ていると、日本はもはや事業部門の投資対象ではない(事業部門の日本の出先は縮小の方向)という見方は合っていて、Cash Cowと位置付けられた日本の中心部門である営業部門に近いところに身を置くのが戦略的に正しい見通しだったと思っています。
変革への準備という視点では、このように自分がやりたいこととビジネスの環境変化を見越した上で、何が有利かの折り合いをつけることが非常に重要だと思います。
意図的行動としては、自分の異動の2年ほど前に部下がコンサルティングに異動したので、その時に相手のトップに挨拶がてら会いにいき、その後の異動願いに備えた直接の顔つなぎをしておきました。さらに、基礎研究所が都内から神奈川県に移転した際に、自宅から通勤困難な距離だったのを、転居せずに敢えて単身赴任しました。外資なので単身赴任期間の上限があったのを、時がきたら利用するためでした。
この件に関しては、異動先のトップと握っていてかつ単身赴任解除という大義名分があるので、異動についての上層部の了解が取り易いので、計画性と資源の活用についての活動は特にしていません。変革の準備と意図的行動がうまく組み合わさった変身だった訳です。
異動後は、研修プログラムや資格制度などが整っていたので、それらへの対応が主眼となり、自発的に計画性を発揮したとか資源の活用をしたという記憶はありません。社内の転職では、そのようになるケースが多いと考えられます。
次回は、2度目の変身(定年と独立)について説明します。