ビジネスで大事なのは、価値の取り合いではなくより大きな価値を創造する「統合型」交渉


Last Updated on 2021年7月1日 by 時代遅れコンサルタント

交渉は価値の取り合い(分配型)だと思いむから、人は交渉を苦手にする

あなたは、「交渉」という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?アメリカ人の場合、ジョークのように確実に挙げられるのは、強圧的な自動車のセールスマンとの価格交渉です。それほど深刻でなくても、日本でも家電量販店などでの値引き交渉は日常的に行われています。

でも、この交渉ごとを苦手と感じる人も多いようです。筆者の場合、10年ほど前にトルコで絨毯を買った時、事前にその安さを吹き込まれていたので言い値で買いました。ついでに、安い玄関マットを買おうとしていた時に、責任者が通りかかり事態を飲み込み、「それはいけません」と言ってマットをタダにしてくれました。それで、交渉の機会を見逃していたことに気づいたほどの交渉オンチです。

私のように交渉を苦手とする人にとって、交渉とは「対立する者同士の勝ち負けを決める行為」以外の何物でもありません。ですから、たとえ勝っても相手側の不興を買い、苦い思いが残ります。よほどの利害が絡むのでなければ、あえて時間をかけてすべきものとは思えません。

しかし、この考えが間違っていたとしたらどうでしょうか?交渉とは、「お互いの利益を拡大する」ものだったとしたら、世界は180度逆転することになりますね。

交渉術の本には、この考えを裏付ける次の簡単な例が載っています。

“フルーツボウルにオレンジが1個置かれています。そのオレンジを撮ろうと、二人の姉妹が同時に手を伸ばしています。最後の1個ですから、それを手できるのは一人だけ。どちらがもらうべきか、姉妹が言い争いを始めました。このような揉め事の解決策はシンプル、妥協をすること。姉妹のうち片方がオレンジを半分に切り、もう片方が切り分けられたオレンジの好きな方を選ぶという方法です。オレンジを半分に切り分けたあと、姉妹はそれをどうしたのでしょうか?姉はオレンジを搾ってスムージーを作り、妹はケーキの飾り付けにオレンジの皮を使いました。もし、二人が言い争いをするのではなく、「なあぜオレンジが欲しいのか?」、その理由を話し合っていたら、姉はオレンジの果肉を妹はオレンジの皮をそれぞれ1個分使うことができたはず。”

このように、お互いが得る価値を高めるための手段としての交渉は、経営者が知っておくべき有力な手段となり得ます。我々の思い込みを外して、交渉の価値とその価値を実現する方法について考えることにしてみましょう。

交渉が起こるのは、より大きな価値を求めるから

以上の議論は、まず交渉とは何か、その基本に帰って再検討する必要があることを示しています。では、交渉とは何でしょうか?

交渉には、何らかの交換が存在します。しかし、「交換」したからといって交渉したことにはなりません。

交換の目的は、現状を変え自分の目的を実現することです。たとえば、売主が価格を決め、買主がそれを承諾します。これで相互に価値が生まれれば交換は終了ですが、それを交渉とは呼びません。

交渉の場合は、一方が最初に条件の提示(オファー)を行いますが、それは単なる開始点です。その条件を承諾すれば交換が発生しますが、その条件を拒否して反対申し込み(カウンターオファー)をすると、そこから交渉が始まります。そして、このようなやりとりが何回か繰り返されたのちに、合意が得られれば、そこで交換が成立し交換が発生するという具合です。

つまり、交渉の本質は、最初のオファーより当事者の総合的価値が増加した交換に到達することなのです。

このように考えると、交渉のベースには交換があることがわかります。交渉を理解するためには、まずこの交換の概念を明確に定義しておく必要があることになります。

交換が成立するための条件は、双方に価値が生まれることです。ものの売り買いの場合では、買主が支払ってもいいと思う上限が、売主が売っても良いと思う価格の下限を上回っている時にのみ、双方に価値が生まれる可能性が生じます。このような上限、下限をリザベーション価格と呼びます。

たとえば、あなたがパンに代金として200円までなら払っても良いと考えていて、パン屋が150円以下では売りたくないと考えている場合なら、150円と200円の間で交換が発生し得ます。(図であなたの200円以下とパン屋の150円以上に重なる部分があるから。)この200円と150円が、それそれのリザベーション価格です。

このように双方のリザベーション価格を明確にすることにより、交換で価値が発生するか否か、交換が起こり得るかどうか、が判断できるわけです。

この時、パン屋が160円という価格をつけたとしましょう。あなたは200円より40円安いので買います。パン屋も150円より10円儲けが増えるので、お互いリザベーション価格より価値が増えるので、双方の合計で50円の価値が発生し、交換が成立するわけです。これこそ交換が起こる原理です。

さて、ここで交渉が起こるのは、どういう時でしょうか?それは、あなたがもっと安く(たとえば120円)で買えないかと考えた時です。このような野心的な価格をアスピレーション価格と呼びます。

この時、あなたの頭の中にあるのは、パン屋はパンより160円の方が価値があると考えてパンを売ったのだから、パンの価格はもっと安くできる、パン屋のリザベーション価格は160円より低いはずだということです。

この交渉は、160円とパン屋のリザベーション価格との間で終了します。パン屋は少し価格を下げ155円で売るかもしれません。しかし、ここで注意すべきことは、交渉で生み出された双方の価値の合計50円は変わらないということです。このような価値の合計が変わらない交渉を、分配型と呼びます。

多くの人が交渉を嫌うのは、実は交渉は分配型、変化しない双方の合計価値の奪い合いになると考えるからなのです。

しかし、交渉術の本が教えるのは、交渉はこの分配型に限られない、ということです。これこそ、経営者が身につけておくべきことなのです。

全体(双方)の価値を増加させる統合型交渉

分配型の前提は、あなたとパン屋が同じ金銭感覚を持っているということです。だから価値の取り合いになるのです。

しかし、この前提はいつも正しいとは限りません。たとえば、あなたは焼き立てのパンには目がなく、少し高い金額を払っても良いと考えているかもしれません。それに対しパン屋は開業したてで、少しくらいの手間をかけてでも、お金が欲しくてたまらないかもしれません。

この時、あなたには「パンを焼き立てにしてくれるなら、165円ではなく180円払っても良い」という交渉案が思い浮かび、パン屋はそれに応じるかもしれません。あなたは、165円より価値の高い焼き立てパンを手に入れ、パン屋は少しの手間で15円多くの金銭を手に入れることができます。

これが交渉における「価値の創造」です。あなたは「焼き立て」に15円以上の価値を認め、パン屋にとっては焼く手間は15円より安いので、双方にとって新たな価値が誕生したことになるのです。

では、この価値はなぜ、どのようにして顕在化したのでしょうか?それは、そもそも、潜在価値が存在するのは、交渉の当事者間で価値の評価基準が異なるからです。当事者同士の基準が全く同じであれば、分配型の交渉しか起こり得ません。

そして、その洗剤価値を顕在化させるために交渉を通した情報収集をするのです。先ほどの焼き立てパンであれば、「自分は焼きたてパンになら、プラス20円払っても良いが、すぐにでも金が欲しいパン屋はその手間の価格を20円以下と評価しているだろう。それなら、プラス15円で焼いてくれるか聞いてみよう。相手が好意的な返事をしたら、この仮説は正しいことになる」という風に考えるのです。

これが、交渉の真の意義なのです。

このように交渉を捉えると、ビジネスには価値の評価基準が異なるケースが至る所に見られ、交渉の機会がそれこそ無数に存在することに気が付きます。日常的に交渉が行われている調達現場がその最たる例です。

しかし、筆者が調達改革を支援した例では、どこの会社でも調達担当者は改革前は「自分たちは机を叩いてネゴしているだけ」と自嘲しているのが通常でした。彼らは、交渉を分配型と捉え、目の前の調達材の価格を下げることだけに集中していたからです。

筆者たちが改革で持ち込んだのは、統合型交渉の視点です。調達元と調達先(サプライヤー)の価値評価の違いを明らかにすれば、Win-Winでもっと価格を下げられるはずだという考え方です。(ここで正直に書きますが、プロジェクト実施時点では統合型交渉という概念は知りませんでした。Win-Winがあり得るということしか考えていませんでしたので、交渉という見方で一般化した知見は引き出せませんでした。)

価値評価の違いの例としては、調達元にとってはコストがかからない変更が、サプライヤー側の製造コストに大きな変化をもたらす、というものがあり得ます。調達元がその変更をする代わりにサプライヤー側からかなり大きな価格削減を引き出すなどです。

具体的な例としては、品切れに対し厳しいペナルティを課すと、サプライヤーは余裕を見た生産をして在庫を抱えざるを得ませんが、その費用はいずれ価格に跳ね返ってきます。そうでないと、サプライヤーは潰れます。

この時に、調達元が自らの生産計画を見せるということは、それほど手間暇(コスト)のかかることではありませんが、その情報があるとサプライヤーは在庫をかなり減らすことが可能になり、見返りに価格を下げることができるようになります。

このような双方が共同してのコスト削減策は、現在の製造業ではある意味常識になりつつありますが、20-30年前にはこのような方法は知られていらず、当事者の発想(情報を収集してWin-Winを探る(統合型交渉をする))の豊かさのもとに相手の状況を探る努力がないと実現しないものでした。

実は企業の調達担当者の発想を分配型交渉から統合型交渉に変えるだけで、このような価格低減の種があちこちに転がっていることが見えてくるのです。ビジネスに統合型交渉をいう概念を持ち込むことの重要性がお分かりいただけたかと思います。

具体的な交渉の進め方

このような交渉の原理と効果がわかったとしても、それだけで交渉の果実を得ることは保証されません。たとえば、上述の焼き立てパンの例で、パン屋があなたが焼きたてパンに目がないことを知っていて、あなたがパン屋がお金が欲しいので手間を惜しまないことを知らないとすれば、パン屋はあなたが提示した180円には首を振り、その結果の妥結価格は180円より高くなるかもしれません。

パンを買うくらいの金額であれば、さほど気にする必要はないかもしれませんが、ビジネスに絡む交渉では、このような事態は避ける必要があります。そのためには、交渉の前にきちんとした交渉戦略を立てる必要があります。

交渉戦略の立案プロセスは、次の3つの段階に分かれます。

  • 自分が「何を実現したいのか」を明確にする
  • 相手が「何を求めているか」の見当をつける
  • 「自分についてわかったこと」と「相手について発見したこと」を前提に交渉戦略を考える

特に、最初のステップは重要です。ここで、ゴールや、リザベーション価格、アスピレーション価格、交渉が成立しない場合に取るべき代替案を明確にしておきます。

このステップはわかり切ったことをわざわざするように聞こえるかもしれませんが、実はそうではありません。人は、いったん交渉を始めてしまうと、当初自分が何を実現したかったゴールを忘れて、相手に勝つことに熱中してしまいがちだからです。その結果、勝負には勝ったものの、得た果実は冷静な場合よりも少ないと言うことが起こりがちなのです。

この典型的な例が、ゲーム理論の教科書に載っている囚人のジレンマです。協力すればお互いが助かるのに、相手を疑い自分だけが助かろうとして双方にとって最悪の結果を招くというものです。交渉でゴールを見失うと、自分だけでなく相手も不利益を被り得ると言うことを、肝に命じておくべきなのです。

また、交渉で不利な状況になったとき、あらかじめリザベーション価格や代替案を決めておけば、相手の言いなりになって不利な妥協を迫られることなく、交渉から撤退することも可能になります。その意味でも、自分が何を望んでいるのかを正確に知っておくことが重要なのです。

次に、同じことを相手の立場に立って想定してみます。このときに重要なのは、相手が実現したいこと、優先順位などで自分を違うものを見つけることです。それら(パン屋はお金が欲しいのでパンを焼き立てにする手間を惜しまない、など)が統合型交渉を可能にする源となるからです。そして、この差異を元に合意案を検討します。

相手にとって重要で自分には重要でないもの、あるいはその逆となるものを探すのです。相手の価値観が自分と似ていると無意識に想定すると、分配型に陥ってしまうので注意して相違点を探す訓練が必要です。

これらの作業が終わったら、交渉戦略の立案です。具体的には、以下のような戦略を立てます。

  1. 相手に関し足りない情報を集める方法を考える:立案の第2段階で立てた、相手に対する仮説が正しいかどうかを検証する情報の収集法を考えます。特に相手のリザベーション価格や代替案を探ります。車のディラーであれば、「今乗っている車は気にいていますか?」、「他のディラーに行かれましたか?」、「いつまでにお車が必要ですか?」などと言う質問を準備するのがこの例です。
  2. 次に、論点の違いを予想し落とし所を探ります。相手が重要視するところで譲り、自分が重要視するところを逆に譲ってもらえるような妥協案を考えます。(「ちょっとだけ高く払って、焼きたてパンを作ってもらう」、など」)
  3. 自分の戦略の正しさを検証する手段を考えます。具体的には、交渉中の相手の反応を予想します。相手が予想外の反応をしたときには、自分が立てた戦略がどこか間違っている可能性を示しています。このような場合には、相手の真意を読み取る追加の質問をしたり、代替案を示してもらうように頼んだりする必要があります。
  4. 以上の準備が、自分のゴール達成と一貫性があるか(周りからの評判を損ねないか、相手の立場に配慮しているか、など)をチェックします。

以上のような準備をした上で実際の交渉に臨むわけですが、この準備すること自体が、交渉の期待値を変える乗っで非常に重要だと言うことに注意しておきます。相手の情報が手に入ればより多くの成果を期待するようになるかもしれないですし、相手の性格が分かれば分配型で対立的になると警戒するかもしれないからです。

実際の交渉時には、さらに色々なことに気をつける必要がありますが、ここではこれ以上立ち入らないことにします。詳細は、交渉戦略教室を参照ください。

経営者に求められるコミュニケーション技術:交渉と対話の比較

交渉には相手が存在します。したがって、上述のように、相手が「何を求めているか」の見当をつけることが重要です。この過程は、対話術の相手のストーリーを聞くことと非常に似ています。交渉も対話も、経営者にとっては非常に重要なコミュニケーション技術という点では同じです。ただし、微妙な違いもあります。

対話では、会話の目的が共有されていないためにお互いに言い分が食い違うことが問題となります。この食い違いをなくすために、相手が感じていることを素直に表に出してもらう工夫が必要となります。相手を落ち着かせるために、敬意を払い安心させることに気を配ります。

一方、交渉では相手の論点(価値基準の違い)が隠れているために、それに気づかず交渉の余地を捨ててしまう可能性が問題となります。この交渉の余地を明らかにするための情報収集を行います。

ここまでは同じですが、交渉では論点を全て共有すると自分の有利には使えないと言う問題が生じます。ですから、自分の論点を全て明かさずに相手の論点を探ると言う仮説検証が求められます。

そういう差はありますが、相手の考えていることを少ない手がかりをもとに察すると言う意味では、本質的に似た能力が要求されます。経営者は、従業員との対話やビジネス相手との交渉で、高度なコミュニケーション能力を備えておく必要があるのです。

まとめ

  • 世の中には交渉を苦手とする人が多いが、その理由は価値を取り合うことのみが、交渉の全てであると思い込んでいるからである
  • 交渉は、当事者の一方あるいは双方が当初の交換案に飽き足らず、より大きな価値の獲得を目指してカウンター・オファーをすることにより発生する。ただし、当初の枠組みのままでは両者が得る価値の合計は当初案とは変わらない。この価値の取り合いを分配型交渉という
  • しかし交渉には、交渉当事者間の隠された価値(お互いの価値の評価基準の違いから生まれる)を見つけ出し、開始前より大きな価値を生み出しWinーWinになる方法もある。これを統合型交渉と呼ぶが、これは調達価格交渉などの事例でも分かる通り、すべての経営者が身につけておくべき必須スキルである
  • 交渉は隠された価値を自分の不利にならないように探る高度な技術なので、事前の準備が必須である。すなわち、自分が「何を実現したいのか」を明確にする、相手が「何を求めているか」の見当をつける、「自分についてわかったこと」と「相手について発見したこと」を前提に交渉戦略を考える、という作業が必要である
  • 交渉は対話と同じく、相手の考えていることを少ない手がかりをもとに察すると言う意味で高度なコミュニケーション技術であるが、経営者といて成功するためには非常に重要である